明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

三四郎

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 17

19.『三四郎』汽車の女(5)―― 分刻みの恋(つづき) とりあえず(『三四郎』より前の作品では)『坊っちゃん』と『草枕』に、この傍証となる記述が見られる。 今日は、清の手紙で湯に行く時間が遅くなった。然し毎日行きつけたのを一日でも欠かすのは心持…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 16

18.『三四郎』汽車の女(4)―― 分刻みの恋 (前項末尾の宿題について)結論だけ言うと、漱石はいつもこんな書き方をする。several minutes のとき、「一二分」から「五六分」まで幾通りにも書く。ただし「数分」とは絶対に書かない。潔癖症というのだろうか…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 15

17.『三四郎』汽車の女(3)―― 漱石の相対性理論 汽車の女のシーンについて、『三四郎』冒頭をもう1度引用したい。① うとうととして目が覚めると女は何時の間にか、隣りの爺さんと話を始めている。この爺さんは慥かに前の前の駅から乗った田舎者である。発…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 14

16.『三四郎』汽車の女(2)―― 暗夜行路の山陽線(つづき) 〔番外篇3〕 ここで前項でふれた『暗夜行路』の当該部分を引用する。(時任謙作が三角巾で頬被りしているのは中耳炎に罹ったため。) 支度は早かった。隣りの老夫婦も手伝って一時間たらずで総て…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 13

15.『三四郎』汽車の女(1)―― 暗夜行路の山陽線 さて気を取り直して『三四郎』に戻ると、どうしても冒頭の汽車の女について考察しないわけには行かない。① うとうととして目が覚めると女は何時の間にか、隣りの爺さんと話を始めている。この爺さんは慥かに…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 12

12.『三四郎』ドアノブ事件―― 描き残された画布 愚挙・余談ついでに言っておくと、編集(校正)が丁寧になされていないという意味で、『三四郎』には一ヶ所おかしなところがある。三四郎が始めて野々宮よし子に会うシーンで、「此中にいる人が、野々宮君の妹…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 11

11.『三四郎』会話行方不明事件(3)―― 本文を捏造(でつぞう)してみた 美禰子の台詞は二つ続いていた。それがそのまま印刷に付されてしまったのは、この美禰子の二つの台詞は、当初漱石の地の文によって分割されていたためである、と前項でも述べた。ここで…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 10

10.『三四郎』会話行方不明事件(2)―― 美禰子の生意気の起源 美禰子は「そんなに高く飛びたくない人は、それで我慢するかも知れません。――我慢しなければ、死ぬ許ですもの」としゃべった。 ダーシは入れなくてもいいかも知れないが、後述するように最初の…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 9

9. 『三四郎』会話行方不明事件(1)―― 空中飛行器事件 さて文章が少しおかしいということで、『三四郎』には昔からよく知られるくだりがある。それは『三四郎』第5章の中の、空中飛行器をめぐる野々宮と美禰子の言い争いで、男と女の会話が逆転したように…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 8

8. 『三四郎』幽体離脱の秘技(5)―― 眠狂四郎 前項②(野々宮の知らんぷり)について、もう少し補足すると、その最後の部分、 「野々宮さんは何とも云わなかった。くるりと後ろを向いた。」 という記述によって、このシーンには漱石らしい決着が付けられて…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 7

7. 『三四郎』幽体離脱の秘技(4)―― 美禰子の私語 引用部分本来の面目たる「改行事件」に話を戻すと、漱石が(改行しないで)一つの塊りとして、手早くまとめたかったのは次の2つのシーンである。①野々宮の姿を認めた美禰子は、三四郎の耳元に近寄り何事…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 6

6. 『三四郎』幽体離脱の秘技(3)―― こっちと向こう 前回の話(幽体離脱)で、漱石という人はよくそういう書き方をするよ、という漱石ファンの声が聞こえてきそうである。確かにそれはそうであろう。美禰子は女主人公である。三四郎は主人公(主人物)では…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 5

5. 『三四郎』幽体離脱の秘技(2)―― 三四郎は自分の方を見ていない(つづき) 三四郎は自分の方を見ていない。 何という大胆な叙述の変更だろう。それまで三四郎と行動を共にしていた作者が、なぜか三四郎を脱け出して、羽化する油蝉のように、幽体離脱の…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 4

4. 『三四郎』幽体離脱の秘技(1)―― 三四郎は自分の方を見ていない 『三四郎』全117回の新聞連載は、明治41年9月から12月までの4ヶ月間。執筆はおおむね8月と9月の2ヶ月間。子供も5人出来て働き盛りの41歳、諸事多忙で休む日もあったようだ…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 3

3. 『三四郎』112年目の本文改訂(3)―― 則天去私 ところで前回までの引用本文は、(青色で示した)文章自体は概ね、原稿準拠と称する岩波書店版の漱石全集(初版1994年4月)・定本漱石全集(初版2017年4月)に拠ったものであるが(ただし現代仮名遣いに…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 2

2. 『三四郎』112年目の本文改訂(2)―― 改行してはいけない では漱石の指示に従って、その「正しい」本文をもう一度示すと、「違うんですか」「一人と思って入らしったの」「ええ」と云って、呆やりしている。やがて二人が顔を見合した。そうして一度に…

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 1

1.『三四郎』112年目の本文改訂(1)―― 字下ゲセズ 漱石「最後の挨拶」三四郎篇 はじめに―― 論者より 論者(筆者=明石吟平)は前著「『明暗』に向かって」(2020年2月刊)において、漱石の遺作『明暗』の結末をあれこれ空想した。その過程において、漱…