明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」門篇 2

88.『門』平和な小説(2)――小六の学資

 

 前項で挙げた『門』の(一読して分かる)特徴のうち、②の独身女性が登場しないことと関連するが、『門』の主人公は宗助と御米の夫婦者である。この夫婦は漱石の作品にあって例外的に仲が良い。

 主人公が夫婦である漱石の作品は、『猫』は別物として、『行人』の長野一郎・直、『心』の先生・静、『道草』の健三・御住、『明暗』の津田・お延の夫婦たちは、それぞれ仲が良くない。という言い方が余計なお世話だとすれば、全員ヘンな夫婦である。

 この中では健三・御住の一組が、まだまともな方であろう。実物の漱石夫妻は、夫婦関係だけ見れば世間一般の夫婦と大して変わるまいから、健三・御住が漱石夫妻を模しているとすれば、『道草』もまた『猫』同様、別格とすべきかも知れない。(つまり文学上の観点からとやかく言うべきでないかも知れない。)

 いずれにせよ『行人』『心』『明暗』等に比して、『門』の宗助・御米は仲の良い夫婦である。これが『門』を穏やかな印象にしている最大の理由にして、『門』の最大の特徴であろうか。

 そしてさらに付け加えると、漱石作品の夫婦仲というのは、ほぼすべて男の側に問題があると言っていいだろう。(こちらの方の例外は『明暗』のお延か。お延と津田は同じことをする夫婦として描かれている、と前著でも述べたが、津田は長野一郎や『心』の先生と比べて、そんなにヘンな男ではない。むしろお延の方がちょっと変わっている。)

 したがって『門』の夫婦が喧嘩をしないのは、御米の性格というより、宗助の癇癪が抑制されているからであると言えよう。それは半分小六が引き継いだとも言えるし、宗助が「下りている」ためかも知れない。

 

 ①の宗助を離れる叙述について、これは同じく小六を登場させたせいであろうか。

 漱石作品に現われる兄弟(兄弟愛・兄弟の確執)に対する漱石の評価は、表面的にはそっけないものが多いが、その点では『門』も同じである。(漱石や)代助と同じ四男坊の小六にとって、兄は身近な人生の先輩でもなければ趣味を同じくするライヴァルでもない。では何のために小六は産まれたのか。

 

 唐突だが、漱石は自己の学資について徹底的に嘘を吐いている。

 漱石は嘘の吐けない人間であるから、表現を変えると、徹底的に隠蔽していると言い直すべきか。しかし嘘も隠蔽も同じことである。

 漱石の作品に、学資がなくて進学を断念したという人物が現われたためしがない。もちろん漱石の描く人物は、まず学問を志すところから人生をスタートするのが常であるからには、学校へ行くのは自然の成り行きに近いのであるが、それでもほとんどの人物が中流家庭の子弟の如く、世襲財産や戸主の生死に関係なく、皆帝大に進んでいる。帝大にあらざれば人に非ずと、漱石が思っていなかったことだけは確かである。むしろその反対であろう。大学が損にも得にもならないと信じていたからこそ、漱石は平気で登場人物を大学に行かせた、といえる。ただし大学に行くには金がかかる。

 

 例外的に学資に困る男には、なぜかパトロンが現われる。典型例は『虞美人草』の小野清三であるが、『心』のKもそれに近い。

『それから』の平岡は、学資の出所がはっきりしない、もうひとつの例外であるが、『坊っちゃん』の主人公と同じ境遇が想定されていたのであれば、辻褄は合う。係累のない(としか思われない)平岡と三千代のカップルを金銭的弱者にするためには、中流家庭菅沼家の子女三千代にも孤児同然になってもらわなければならないが、兄と母がチブスで死んだあと父親も投機に失敗して、気の毒にも外地(この場合は北海道)に放逐されてしまった。

 

 その中にあって小六だけが独り漱石の苦労を体現しているかのようである。小六はまだ高校生であるから、厳密には学資の真の問題には達していないかも知れない。しかし小説ではもう大学入学を目前に控えているのである。小六の学資は宗助と安之助の金で賄われよう。生活費と小遣いは坂井から出る。3年後、24歳になった小六が坂井の家を出て、専門学校や高校のアルバイト講師をしながら、奨学金を受けつつ下宿と宗助の家を出たり入ったりの大学院コースを歩むとすれば、それはまさに漱石の人生である。小六の年齢(学齢)が三四郎・代助・宗助のトリオと合わず、反対に漱石と合ってしまうのは少し変であるが、それは学制改革や個々の事情に責めを負わせれば済む。

 

 もうひとつ、『門』という作品が平和な印象を与えることについて、叔父に財産を横領されたという例の漱石らしい設定に対して、御米はともかく、小六がまったく関心を示していないことが、その理由に挙げられよう。というより小六はそもそもそんな話は知らないのである。小六は宗助から、お前の学資は叔父さんに預けてある、と聞かされただけであり、それが突然もうこれ以上出せないと佐伯の叔母から言われてびっくりしたのであるから、横領云々の話などは宗助が騒ぎ立てなければ小六の耳には届かないのである。宗助にしても実際には、それほど気になっているわけではない(『心』の先生が一生忘れないほどの怒りを抱いていたことに較べても)。御米の前では佐伯に聞いてみようと言いはするものの、実行に移すことはなかった。宗助に(漱石に)そんなことをする胆力があれば、始めからこんな問題は起こるべくもないのである。

 

 それはともかく、漱石が遂にはっきりさせなかった自分の学資の出所について、小六からその片鱗が伺えるとすれば、そこに『門』の救いがあるのではないか。嘘の吐けない漱石にとって、小六はまさに救世主のようであると言っては言い過ぎか。

漱石「最後の挨拶」門篇 1

87.『門』平和な小説(1)――不滅の名文

 

 大西美智子の『巨人と六十五年』(2017年光文社刊)に、漱石の作品で(今現在では)何が好きですかと、筆者が高齢の夫に聞く箇所がある。『それから』ですか『門』ですかと聞く妻に対して、やまいの床に臥す大西巨人は、今はまあそこらへんにしておこうか、とようやく応える。

 誇りある職業作家としては『猫』と(正直に)答えるわけにはいかない。漱石は(驚くべきことに)小説を書くつもりでなく『猫』を書いた。『明暗』も未完成であるからには、『神聖喜劇』を完結させた作家としては、挙げづらい。『坊っちゃん』も不朽の名作ではあるが、(『たけくらべ』同様)タブローというにはスケッチの方に近い。既にいくつかの価値あるタブローを書いている大西巨人としては、第一位に挙げるわけにもいくまい。『草枕』も同様である。だいいち漱石自身が晩年には『草枕』を否定している。『心』を挙げるのは高校生みたいだし、『三四郎』はもしかするともっと若いかも知れない。『道草』を信奉するのは自然主義作家だろう。といって『彼岸過迄』や『行人』ではマニアックに過ぎよう。そもそもこの二作は最優秀作ではない。

 ということで大西夫妻の(長く変わらぬ)会話になったのであろうが、小論も(偉大な大西巨人と競うつもりはないが)『それから』に続いて『門』を考察すれば、とりあえずは所期の目的は達成したとみてよいであろうか。

 

 論者は前著において(前著はあくまで『明暗』を論じたものではあるが)、

・『三四郎』 漱石が始めて自分の作品にサインした記念碑的作品。

・『それから』 漱石が真の職業作家になった記念碑的作品。

・『門』 漱石作品唯一のハッピーエンドたる記念碑的作品。

 と評してみた。まあどのように言おうが作品自体には関係ないのであるが、『門』のファンのためにも、(『三四郎』『それから』に比べて地味と思われている)『門』について真摯な考察を試みたい。

 

『門』の特徴としては一読次の3点が挙げられよう。

① 叙述が宗助を離れることがある。

② 独身女性が登場しない。

③ 物語の始めと終わりで主人公の境遇が変わらない。

 

 ①については、『虞美人草』は別として、漱石の3人称小説としては珍しく叙述が主人公野中宗助を離れることが時々ある。移る主体はおもに弟の小六と妻の御米である。宗助が外出して席を外しているシーンさえ描かれる。これは『三四郎』『それから』ではありえなかったことである。(『虞美人草』は通俗小説みたいに描写の主体はまちまち、『明暗』は津田とお延の交互主役である。)

 このため宗助の漱石的主張がかなり薄まって、もともと宗助は様々な事情から、性格が落ち着いて(爺むさくなって)しまっているのであるが、それがある種の平和な感じを与える。漱石丸出しのキャラクタを好む読者には物足りないかも知れないが、一定の鬱陶しさを感じる読者にとっては、好感の持てる作品ということになる。

 宗助の漱石臭の足りない部分は小六が引き受けている。つまり漱石が宗助と小六に分裂しているがゆえに、作品が平和なのであろう。

 

 ②は、若い女が妻の御米しか登場しないこともあって、漱石作品特有の男と女のせめぎ合いが、無いわけではないが、ずいぶん穏やかに書かれている。漱石としては前2作でそれはもう書いてしまったということだろうか。これについても①同様、物足りない読者もいれば安心する読者もいるであろう。回想シーンの実相は漱石作品で一二を争う過激さではあるが。

 

 ③は、『門』の最も特徴的な点かも知れない。小説(『門』)の結びの一行の次に、同じ小説の冒頭の一行が、何の違和感もなく繋がる。こんな作品は漱石の他の作品には見られない。(「世の中に片付くものなどない」と言って結ばれた『道草』でさえ、養父との絶縁という大きな成果があった。)

 この何事も起こらないという感じが、やはり平和な印象を与えるのであろう。昔起こってしまったにせよ、小説の今現在では何も起こらない。と思わせて、しかし事件はちゃんと起きている。起きているぞと書かれないから起きていないように感じるが、その実ちゃんと日々起きていて、それなりに面白いのである。

 

 まあこんなことばかり書いていても始まらないから、ハイライトシーンを一ヶ所抜いてみよう。それはなぜか宗助が散歩に出て留守のときにやって来た小六と、嫂御米のシーンである。お茶を入れようとする御米に、小六は若い高等学校生徒らしく、要らないと答える。

 

「御茶なら沢山です」と小六が云った。

「厭?」と女学生流に念を押した御米は、

「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。

「有るんですか」と小六が聞いた。

「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出した様に、「待って頂戴、有るかも知れないわ」と云いながら④立ち上がる拍子に、横にあった炭取を取り退(の)けて、袋戸棚を開けた。⑤小六は御米の後姿の、羽織が帯で高くなった辺(あたり)を眺めていた。何を探すのだか中々手間が取れそうなので、

「じゃ御菓子も廃しにしましょう。それよりか、今日は兄さんは何うしました」と聞いた。(『門』1ノ3回)

 

 これがハイライトかと言う勿れ。この何でもない日常を、このように描いた小説家がかつて日本にいただろうか。漱石は何を見て④と⑤を書いたのだろう。漱石より前にこのように書いた者はいないと断言できる。そして漱石より後にこのように書いた者がいたとすれば、それは漱石から学んだのである。

 ④については(⑤も含めて)何度読み返しても舌を巻かざるを得ない。⑤については特に、先に名前を挙げた大西巨人も、漱石の叙述そのものの巧みさに感じ入っている。

 小説の始めにこういう文章を見せつけられては、何人も『門』の一字一句を信奉せざるを得ないではないか。

 

漱石「最後の挨拶」それから篇 23

86.『明暗』に向かって 結婚話を断ってもいけない

 

漱石「最後の挨拶」番外篇]

(前項よりつづく)

11.結婚話を断ってもいけない

 

『行人』の二郎は三沢に呼び出され、歌舞伎座ならぬ雅楽所で三沢の許嫁の親友という女を紹介される。二郎はその女に少なからず興味を抱くが、自分から話を進めようとはしない。いっそひと思いに女の方から惚れ込んでくれたならなどと思ったり、確かに相変わらず煮え切らない。(『行人/塵労』19~23回)。

 しかしこのくだりは、単に優柔不断というより、何か漱石の禁忌に触れているような感じすら受ける。

 

『猫』で越智東風が金田富子嬢に新体詩を捧げたり、生徒が付け文をしたりしているが、そこでは漱石は明らかにふざけている。

 三四郎は美禰子に「あなたに会いに行ったんです」(『三四郎』10ノ8回)と精一杯の告白をしているが、肝心の美禰子に伝わっていないのでは仕方がない。

『心』は、プロポーズがあるではないかと言われそうである。確かにそう見えなくもない。だがKは先生に自分の悩みを打ち明けただけであるし、先生の求婚はといえばお嬢さんには直接向けられない。そもそも先生は果たしてこのお嬢さんのどこを気に入っているのか読者には分からないまま、まるで見合い結婚のように、母親がお嬢さんに代わって「承諾」する。この結婚によって二人の自殺者を出しているというのに。そして『心』の先生は、その前に叔父の勧める従妹との結婚をはっきり断っている。漱石の作品で見合い話を断ったのは代助だけであり、結婚話を断ったのは先生だけである。『心』の先生は叔父に財産を騙し取られ(それでも一生働かなくてもいいくらいの財産は残っていたのだから贅沢なものであるが)、せっかくお嬢さんと結婚したものの結局は中途で挫折してしまう。

 代助と三千代も、『門』が書かれなければ二人とも(あるいは三千代だけでも)死んでしまったと思う読者の方が多いだろう。(『門』と関係なく、二人の命は繋げないだろうとする読み方も出来るように『それから』は書かれている。)

 

 津田には藤井の家の娘(従妹)との結婚話は表立っては出なかったようである。従妹を貰わなかったのはただ津田が知らん顔をしていただけと書かれているので、津田は「断った」わけではないが、考えようによっては藤井の叔母たちにとっては似たようなものだったのかも知れない。藤井の叔母も叔父も津田とお延の結婚には同情が薄い。でもまあそれだけのことであろう。津田がそのために代助や『心』の先生のような目に遭うとは考えにくい。『猫』の寒月は金田富子との話を断って田舎の女と結婚したようにも取れるが、実際は博士論文が書けなかったのだから、寒月は金田家側から拒絶されたことになる。しかし寒月については、そのことについて金田家に報告に行ったと嘘を吐いているという不思議な記述もあり(『猫』六篇)、別途稿を改める必要がありそうである。『行人』の三沢と遠縁の出戻った娘さんの話も、三沢がその娘さん(というのはおかしいが漱石が娘さん・お嬢さんと書いている)に恋慕されているとすれば、三沢にも責任があるのかも知れないが、如何せん娘さんは亡くなってしまった。しかしこの話も寒月同様改めて論じたい。

 

 全般的に漱石の小説では主人公(男)がなかなか結婚を申し込まないだけでなく、『虞美人草』のように、たまに自分の意思で結婚相手を決めると、それだけで大変な破局がやって来る。(小野さんは自分の意思というよりは、浅井の報告を受けた宗近君がなぜか急に小野を説得し、それで小野が翻意した結果藤尾は死んでしまう。浅井は宗近とほとんど顔見知り程度の間柄でしかないから、なぜ小野の私的な話を暴露しに行ったのかその理由はわかりにくい。浅井がしゃべらなければ『虞美人草』の結末は無かったのであるが、そもそも小野が藤尾でなく小夜子と結婚すべきであると宗近一が確信していたとは、読者はそれまで知らされていなかったのである。)

『行人』の女景清のエピソードはその(男が決断すると碌なことにならないという)バリエーションのひとつである。主人公(長野一郎・二郎)の父の知人の昔話という体裁を取っているが、漱石にとって妙に身につまされるような挿話になっており、そこでは若い男がついものの弾みで同い年の召使いと結婚の約束をしたあと、若すぎるという周囲の忠告をあっさり容れて結婚話を解消する。そして二十何年か後に演芸場で偶然再会して、よせばいいのに男はあれこれ気を廻して大恥をかくというような話である。(『行人/帰ってから』13~19回)

 この場合は女の方が積極的であったということで、悲劇というよりは喜劇に近い落ちになっている。(真の悲劇はこの挿話を悲劇としか受け取れなかった一郎の性格の方であろう。しかしこのエピソードについても後述したい。)

 その意味で『明暗』の津田とお延は、津田がお延にプロポーズをしたのでない以上(つまり津田がお延に一目惚れしたのでない以上)、そしてお延の方が積極的であったとされる以上、この二人には悲劇は訪れないと言えるだろう。あえて言えば喜劇のような悲劇で終わるかも知れないが、『それから』や、とくに『心』のようなカタストロフィにはなりようがないと推測できる。

 

 なぜこんなことが言い切れるかというと、それは漱石という人が自分の倫理観・正義感の通りに小説を書いているからである。繰り返しになるが、漱石が見合いをする以上は自分からは断らないというのは、相手の女に気の毒というのも勿論無くはないが、一番の理由は自分のせいにされたくないということであろう。自分の主張を通して断った場合、その決断が正しいかどうかはまったく誰からもどこからも担保されない。自分が正しいか(間違っていないか)が最大唯一の関心事である漱石のようなタイプの人にとって、それは絶対に避けねばならぬことである。断るなら見合いをしないことだ。見合いをしないこと自体は間違いではない。見合いをした以上は、もし断って相手に嫌な思いをさせると、自分が間違っていたのではないかという疑念が払拭できないので、断れない。あくまで自分の精神状態の安定を第一義にした考え方である。これを人は誠実といい、また自分のことしか考えないともいう。見合いという男女双方の立場が明確な場合においてさえこうなのであるから、世間一般の普通のプロポーズを(そういうものがあるかどうかは別としても)漱石が出来ないのは仕方ない。そうして自分がしなかったことは書かないのが漱石の流儀である。

 自分が正しいかどうかが一番大切であってそれ以外はすべて二の次という考え方は、漱石の性格の最も特徴的なものであるから、今後とも考究を進めるに従って少しずつ明らかになると思う。

 

『それから』における佐川の娘との見合い話には色々と不思議なことも多いが、それはまた別な機会に述べることもあるだろう。ただその論考とは別に、『それから』に描かれているような先代からの因縁が真実あったとすれば、佐川の娘との縁談はもっと早くから長井の家に持ちかけられたはずであり、代助が三十にもなってぶらぶらしているからといって取って附けたように湧いて出る話でもなかろうという気がする。これは『明暗』の津田とお延のなれそめにも言える話であり、京都で父親同士が唐本の貸し借りをしたりする親しい間柄で、互いに子息子女を東京の係累に預けているといった環境からしても、津田とお延が単にその名を見知っているという程度にとどまっていたのは不自然である。津田30歳お延23歳であれば、実家の玄関での邂逅を待たずに縁談が起こって不思議でない。『虞美人草』を何度も引き合いに出すのは気がひけるが、「美しき女の二十を越えて夫なく、空しく一二三を数えて、二十四の今日まで嫁がぬは不思議である。・・・」と書いたのは他ならぬ漱石である。お延は幸いにも嫁いだがそれまでに結婚話はなかったのだろうか。もちろんこれは余計なお世話であり小説の結構の話であるから、傍からとやかく言う筋合いのものではないのだが、事が見合いや結婚であるからには、そこには漱石の深い井戸が掘ってあって、いくら汲んでも汲み尽くせないのである。(つまりいくら考えても分からないのである。)

(この項終わり)

漱石「最後の挨拶」それから篇 22

85.『明暗』に向かって 見合いを断ってはいけない

 

漱石「最後の挨拶」番外篇]

『それから』篇の終わりにあたって、内容は一部重複するが、再び前著(『明暗』に向かって)からの引用を以って補足としたい。引用文冒頭のお見合いというのは、『明暗』の(継子と三好の)話である。

 

Ⅰ 四つの改訂

10.見合いを断ってはいけない

 

 岡本の子息の一(はじめ)漱石の子供をモデルにしているから、その姉たる継子もまた、漱石の(沢山いる)子女の一人たる資格を有している。いずれは彼女たちも結婚していかねばならない。漱石は将来の不安感と、(鏡子夫人以外の)自分の経験した過去の見合いらしきものに対する罪悪感・嫌悪感から、この見合いのシーンを迷亭のように茶化して台無しにしてしまうような振舞いに出たのであろうか。

 それとも漱石はお見合いを厭う何か特別の理由があったのだろうか。元来漱石のようなタイプの人は見合いをした以上は自分からは断らない。よく知られる鏡子夫人との見合いで「歯並びが悪いのに強いてそれを隠そうとしない」云々の話は、後から取って附けた話である。「始めから断るつもりは無かった」と言えば鏡子が慢心するので、話を拵えたのであろう。歯並びの良くないのは事実としても。

 

 前項(前掲書第9項/歌舞伎座お見合い席順の謎のこと)でも少し触れたが、『それから』の代助は、三千代の存在が日増しに大きくなっているにもかかわらず、佐川の娘と見合いをしている。三千代が(何年ぶりかに銀杏返しに結って)白い百合の花をたずさえて代助の家を訪れ、鈴蘭の鉢の水を飲んでしまうという「事件」(これは三千代が代助の家の人間になってもいいという意思表示であろう)があってなお、物語の始めから提出されていた佐川の縁談は、バックグラウンドで静かに進行している。そのあと歌舞伎座で変則的ではあるが顔合せも済ませ、その上での自宅(実家)における正式に近い見合いである。この時代でなくても常識的にはもう(結婚を)あえて断る理由はない。父親は代助が自分のことしか考えないと激怒した。ふつうなら兄も嫂も一緒になって怒るところである。(父親というものに同情がない漱石はとりあえず父親だけを怒らせている。それより佐川サイドから苦情は来なかったのだろうか。佐川の両親が同席していたらこんなことでは済まされまい。)

 なぜ代助はこの見合い話をすぐに断らなかったのだろうか。佐川の娘が(漱石はそうでもないかも知れないが)代助の好みでないことははっきりしている。代助が三千代に傾斜していく過程に平岡(の顛落)だけでなくこの(面白くもない)結婚話が使われるのは、小説としては(そのように書かれているので)そう理解するしかないが、やはり少し変である。

 さらに不思議なのは、代助がこの縁談を断る前に三千代に求婚しなければならないと思い込んでいたことである。「姉さん、私は好いた女があるんです」(『それから』14ノ4回末尾)と嫂についに打ち明けた代助は、父には自分から正式に断りを言うつもりであったが、嫂にそれを強く念押しせず、反対に嫂から父に言いつけられてしまう可能性を残したまま、長井家を後にする。代助はこの縁談が消滅する前に、何とか三千代に求婚してしまわなければいけないと焦りまくる。そして強引にも、門野に三千代を連れて来させるという甚だエレガントでないやり方で、しかし昔話をして立て直して、ついには「僕の存在には貴方が必要だ」(同14ノ10回)と変に客観的な言い回しで告白する。

 ちなみに決して女性に無関心でない漱石が、自己の小説の中で男が相手に直接自分の好意を打ち明けるというシーンは、この一箇所だけであるが、この場合相手は人妻で、それは突き進めば姦通という犯罪にもつながる求愛であった。つまり普通の意味のプロポーズではまったくない。つまりプロポーズをしたことのない漱石が、『明暗』で清子がなぜ去ったか津田に悩ませていることになる。漱石が書きたかったのはその理由ではなく、津田の悩みそのものの在り方であろう。その津田の悩みは真っ当なものであるか、邪なものでない真面目なものであるか、漱石はそれを読者に示そうとしていた。(清子が去った理由は書くまでもない、津田がまったく求婚しなかったからである。)

 

 この代助の、父に正式に佐川の娘を断る前に、三千代に告白しなければならない、という強迫観念は、なかなか理解されにくいだろう。ゲスな考えでは、もし三千代に断られたら佐川の娘に行くのか、となってしまう。(ふつうはどんな場合でも断る方が先であろう。話が漏れたら先方に失礼だし、何より二股かけていたのかと思われたらアウトである。)もちろんそんなことは夢にも思わない漱石としては、父親に縁談を断る理由として、「何々という女と結婚することになったので佐川の娘は貰われない」という、誰からも(論理の上では)反対されない態勢を取っておく必要があると信じていたのであろう。言い方を変えれば、こんなあからさまな、理由にもならない理由を挙げないと、漱石という人は縁談を断れないのである。本来こんな理由はない。この場合の「縁談」を「見合い~結婚」と言い換えてみると分かる。「見合い~結婚」を断るのに「他との結婚」を挙げるのは乱暴な話である。それなら見合い写真を受け取る前に断らなければならない。

 なぜ漱石はそんな追い詰められたようなものの考え方をするのか。一般的には見合いをして相手(の容姿)が今ひとつ気に入らないとか何とかで断ると、それは(断るという行為そのものは)見合いした本人の責任になる。自分の好悪で、余人でない自分の判断でノーと言うわけである。しかし他に結婚相手が決まっているというような理由で断ると、それは誰のせいでもない、如何ともしがたい、本人の責任ではないということになる。少なくとも漱石の頭の中の理屈ではそうなる。(ではなぜ見合いをしたかということが問題になろうが、それは本人のせいというよりは父兄の方により責任がかかる、と漱石の中ではそういう理屈になるのだろう。)

 

 逆ではないか、とつい漱石に言いたくなる。梅子の立場に立ってみると、驚いた梅子はどうするか。梅子は佐川の推進者である。まず代助の(三千代に対する)首尾を見届けるであろう。決して父にしゃべったりしない。三千代が応じたという返答を得ても、尚多くの障碍が控えているのだから、代助の計画がいつ頓挫してもおかしくない。佐川の娘の可能性が完全に消滅するまでは、必ずや代助の行動を見守るだろう。事実小説は表面的にはこのように進行している。漱石は梅子(長井家)の立場に立っていたのであろうか。そうでないことは、代助が梅子に先に喋られては大変だと心配していることからも明白である。では梅子以外に代助に同情する者、例えば代助の親友が別にいたと仮定して、代助から同様の告白を受けたとしよう。三千代の気持ちも便宜上判っていると仮定して、この親友が見合いの断りの前に一刻も早く三千代にプロポーズせよと言うであろうか。(勿論どちらも急ぐべきではあるが。)

 漱石は代助に全面的に同情しているわけではないが、まあ代助の友であろう。その立場で見ても代助の思考は理解しにくい。嫂に先に喋ってしまって、嫂の口から父に知られては面目丸潰れになるのだから、それを回避するには「一刻も早く」自分で父に釈明することであろう。すると父がそんな女はやめてしまえというのは火を見るより明らかであるから、代助はまず父と喧嘩別れした後に(父にもうお前の世話はせんと言われてから)その亢奮を以って三千代に告白する。三千代が承諾すれば小説は終わってしまう。代助はすぐに「赤い電車」に乗らなければならない。漱石はそんな(三文小説的な)展開を嫌って、より物語にふくらみを持たせるだけのために、代助を急がせたのであろうか。漱石は一応このときの代助の心情を説明しているが、その説明に納得する読者は一人もいまい。

 告白の順序が違う、というのは『心』の(先生とKの)問題にも通ずることであるから、また触れることもあるかも知れない。

 

 ついでながら、『それから』の佐川の娘は、一見どうでもいいような女性として描かれていると思われがちだが、作品の中では代助と三千代の(三年ぶりの)再会の前に結婚話が持ち上がっており、以下物語のほとんど終盤までその状態は維持されている。物語全体を覆っているという意味では『猫』の真のヒロイン金田富子嬢や『明暗』の清子と同格であるし、人物も少なくとも『心』のお嬢さん程度には造型されている。

 漱石は面長の女性が好みだったが実際には丸顔の鏡子と結婚した。佐川の娘も丸顔と書かれており、小説本など読まないところも代助や読者にとっては物足りないだろうが、漱石はむしろそれを歓迎する。またアメリカ人のミスの教育を受けて清教徒のようでもあると書かれていて、これも『猫』の細君の「そんなに英語が御好きなら、何故耶蘇学校の卒業生かなんかをお貰いなさらなかったんです。あなた位冷酷な人はありはしない」(『猫』二篇)と併せて見ると、漱石にとってこのお見合いが決して代助と三千代の物語の添え物でなかった、あるいは代助が煮え切らないことだけを描こうとしたのではなかったことが分かる。

漱石「最後の挨拶」それから篇 21

84.『それから』告白がもたらす平和と嵐(2)――もう尻に敷かれている

 

 とまれ告白はなされたのであるから、賽は投げられたのであるから、もう他からとやかく言うこともないのである。

 しかしこの期に及んでもいろいろ考えさせられるのが漱石の小説であろう。

 代助は一世一代の大仕事をやってのけたからには、さぞ至福の時を過ごしていると思いきや、不安はかえって増すばかりである。むしろ悲運の淵から救い上げられた(と代助が信じた)三千代の方が、精神的には平安の日に入ったように見える。少なくとも漱石はそう書いている。

 三千代の勁さはどこから来るのであろうか。代助の弱さは・・・、といった類いの議論は、ここでは行なわない。議論をいくら積み上げても、それで漱石に肉迫できるものでもないからである。

 

 代助は三千代への告白の中で一つだけ嘘を吐いている。

 今頃告白するのなら、何故あのとき言ってくれなかったのか、というまことに尤もな三千代の問いかけに対し、代助は直接回答するのではなく、「その代り自分は今に至るまで罰を受けている」という言い方で、これは代助の癖かも知れないが、まあ厳しく言えば、逃げている。

 しかしここで言いたいのはそんなことではない。代助の言い逃れなど三千代はとっくにお見通しなのだろう。問題はその次の余計な一言である。

 

「貴方が結婚して三年以上になるが、僕はまだ独身でいます」

「だって、夫は貴方の御勝手じゃありませんか」

「勝手じゃありません。貰おうと思っても、貰えないのです。それから以後、宅のものから何遍結婚を勧められたか分りません。けれども、みんな断って仕舞いました。今度も亦一人断りました。其結果僕と僕の父との間が何うなるか分りません。・・・」(『それから』14ノ10回)

 

 これは厳密に言えば嘘である。漱石は嘘を吐けない人であるが、たぶん漱石は代助の気持ちに成り代わって、嫂に告白したことで佐川の縁談を断ったつもりでいるのであろう。しかし梅子はまだ代助の最終決断(翻意)に望みを捨てていない。表向きには小説の中で代助はまだこの縁談を断っていない。それどころか代助は、そもそも父に縁談の正式な断りを言う前に、何とかして三千代との関係を成就させなければいけないと、焦りまくっていたのである。これを矛盾と謂わずして何と謂おうか。

 三千代の幻影に怯えて結婚出来ないのなら、見合いなどしなければいいのではないか。あるいは見合いなどしたくても出来ないのではないか。

 

 これに対する三千代の返答は、「私は是でも、嫁に行ってから、今日迄一日も早く、貴方が御結婚なされば可いと思わないで暮らした事はありません」(14ノ10回)という、可憐で献身的なものであった。

 代助と三千代のこの落差は、三千代の「癇癪」で穴埋めされているようである。

 代助はこのあと父との会見で「己の方でも、もう御前の世話はせんから」(15ノ5回)と言われて、思わず三千代に報告に及ぶが、三千代は(母親の如く、あるいは通常の女の如く)代助を叱りつける。清淑な三千代は代助が『行人』女景清の坊っちゃんみたいに、ごめんよとばかりに前言を撤回したとしても、黙って従うであろうが、それでも三千代が怒ったのは事実である。「三千代は少し色を変えた」(16ノ3回)とまで漱石は書いている。三千代はプロポーズ時の代助の嘘に気が付く由もないから、三千代を怒らせたのは経済に窮した代助の優柔不断ということになっているが、そんなことはこれまた三千代には先刻ご承知なのであるから、ほんらい三千代が腹を立てるはずはないのであるが、漱石の倫理感に従えば、代助は何らかの罰を受けて然るべきなのである。

 

 代助のために申し添えれば、代助の嘘にはちゃんとした言い訳がある。それは代助が父と兄たちに騙されて、歌舞伎座で佐川の娘と会ってしまったということが原因している。代助は鷹揚に構えて翌日の自宅(実家)での正式に近い見合いの席にも、毒喰わばという顔で出掛けているが、しかし本来代助はこんな、相手の思う壺には意地でも嵌りたくないのは、『心』の先生と御嬢さん・奥さんとのいきさつを見るまでもなく明らかである。

 代助は分かっていたにせよ、騙されたのである。あるいは騙されたふりをしたのである。その代償ないし補填は、当然作者によって用意されている。

 代助は歌舞伎座の帰りしな、わざと俥を雇わずに電車で帰った。そして停留所で間違った場所に立つ主婦に、「御神さん、電車へ乗るなら、此所じゃ不可ない。向こう側だ」(11ノ8回)と教師のように正している(このオカミさんが電車に乗るかどうか、誰かを待っていたかも知れないのに)。

 嫂の「嘘」に直接苦情を言うことは(世渡りの上で)出来なかったので、赤の他人の主婦に教えることでその代償とした。あるいは騙されたふりをするという行為は褒められたことではないので、頼まれもしない些細な善行を代助にさせることにより、その償いとした。

 しかし嘘の言えない漱石は、代助により大きな嘘を吐かせることにより、三千代に厳しく罰してもらったと言えよう。これはバランス感覚というよりは漱石のいう「癇性」であろう。そうしないと気が済まない(落ち着かない)のである。

 

 余談だが『三四郎』で、広田先生の新しい下宿を探す与次郎たちが、佐竹の下屋敷の敷地を通って番人にこっぴどく叱られるという、何のために挿入されたか誰にも分からないエピソードが書かれるが、読者はせいぜいこれもまた漱石の(散歩中の)実体験の類いかと思う程度であろうが、それはそうかも知れないが、つまらない私用で若い人を引っ張りまわす広田先生への懲罰の意味に取れなくもない。当事者は三四郎も含め3人であるが、佐竹の番人に叱られているのは三四郎と与次郎だけであるかのように書かれているし、何にでも一言ある広田先生が、完全に沈黙しているところを見ても(黙っているとさえ書かれない)、このときの広田先生は、作者漱石に吸収されてしまって(舞台から消えてしまって)、漱石が自分で自分を裁いているように思える。

 漱石はどうしても書いておきたかった実体験を書いたのではなく、小説の肉付けや埋め草のために、またはある効果を狙って書いたのでもなく、いずれにせよ何らかの理由で書かざるを得なかったから書いたのである。

 それが病気のせいだと言えば言われよう。しかしもともと病気のせいで小説を書いたのだとすれば、この言い方では何も言っていないのと同じになってしまう。「病気」を病名やナントカ症候群に置き換えても、話は同じである。病気の概念はその時代によって変化していくものであろう。千年二千年をへだてて人を見れば、すべての人が狂っているようにも見えよう。あるいは見られよう。しかしそれでも生き残るものはある。それを具体的に言葉で残すものが文学作品である。少なくとも漱石はそれを目指して専攻を決め、遅蒔きながら(あるいは充分にその覚悟と準備をしてから)この途に乗り出した。それを僅かでも解明しようとするからには、われわれは残された漱石の作品を丁寧に読むしかないのである。

 

 ということで、話が大きくなったところで『それから』篇は終わりにしたい。次回からは『門』であるが、その前にちょっとだけ寄り道をお許し願いたい。

漱石「最後の挨拶」それから篇 20

83.『それから』告白がもたらす平和と嵐(1)――繰り返し奏されるトリオ

 

 さて『それから』全110回のカタログを作成してみると、改めて第14章(全11回)が最も長く、ハイライトの章であることが再確認される。漱石作品最初で最後の「直接告白」の含まれる章であるからには、それも当然であろう。(ただし相手は人妻で、姦通罪に問われかねない行為ではあったが。)

 その「告白」のために代助が準備した「3つの段取り」というのは、先の項で述べた愛の3点セットの先駆けとなるべきものである。(14ノ7回)

 

Ⅰ 嫂への電話(父の家には明日行くと言って、横槍を封じる)。

Ⅱ 白百合の花束で部屋を飾る。

Ⅲ 門野に俥で三千代を連れて来るよう命じる。

 

 自分がプロポーズするのに相手の所へのこのこ出かけて行かないのが漱石のやり方である(他に例がないので何とも言えないが)。だからこそ準備も出来るのである。そしてくどいようだが、これらの「3点」は論者が任意にピックアップした3点ではなく、本当に漱石はこの3件しか描いてないのである。たとえば部屋に香水を振り撒くといった、(俗物の)兄を半分感心させたような行為をしたとは(あるいはしなかったとも)、漱石は書いていないのである。

 

 代助の家にやって来た三千代には、すでに覚悟らしきものが出来ていたようである。漱石の筆はこのとき一瞬ではあるが、三千代に憑依する(まるで丹青会での三四郎と美禰子のように)。

 

 三千代は固より手紙を見た時から、何事かを予期して来た。其予期のうちには恐れと、喜と、心配とがあった。車から降りて、座敷へ案内される迄、三千代の顔は其予期の色をもって漲っていた。三千代の表情はそこで、はたと留まった。代助の様子は三千代に夫丈の打衝を与える程に強烈であった。(『それから』14ノ8回)

 

 もちろん三千代の「予期」は代助の想定の内ではあろう。漱石が代助を置き去りにして三千代に乗り移ったとまでは言い切れないかも知れない。しかしこのくだりは『それから』の中では、限りなく例外的な叙述であることだけは確かであろう。三千代の気持ちが作者によって随意に描かれるなら、代助の悩みなど書く必要がなくなるからである。

 

何か御用なの」と三千代は漸くにして問うた。代助は、ただ、

「ええ」と云った。二人は夫限で、又しばらく雨の音を聴いた。

何か急な御用なの」と三千代が又尋ねた。代助は又、

「ええ」と云った。・・・

 ・・・

 ・・・けれども、彼は三千代から何の用かを聞かれた時に、すぐ己れを傾ける事が出来なかった。二度聞かれた時に猶躊躇した。三度目には、已を得ず

「まあ、緩くり話しましょう」と云って、巻煙草に火を点けた。・・・(14ノ8回)

 

 代助は三千代から何の用か3回聞かれた後、それでもすぐには用件を切り出さず、昔話を始める。(14ノ8回)

 

Ⅰ 派手な半襟

Ⅱ 銀杏返し

Ⅲ 白百合の花

 

 10章で書かれた「決意の3点セット」に重なる「昔話の3点セット」から、兄(菅沼)の話に移る。三千代の兄は、文学芸術趣味の代助と比べて、その分野では普通以上の感受性を持たないと書かれるから(14ノ9回)、彼らの専攻はおそらく、

 

Ⅰ 代助―英文学

Ⅱ 菅沼―法律

Ⅲ 平岡―経済

 

 であろうか。いずれにせよ兄の話で4年前の結婚時に戻った代助と三千代のふたりは、改めてプロポーズをやり直すことになるのである。

 そしてこのとき(明治42年夏)三千代が着ていた「銘仙の紺絣に唐草模様の一重帯」(14ノ8回)は、漱石の読者であれば永く記憶にとどめておきたくなる代物であろう。なにしろ漱石最初で最後のプロポーズに女性が纏っていた物であるからには。

漱石「最後の挨拶」それから篇 19

82.『それから』目次(2)―― 第10章~第17章(ドラフト版)

 

(前項よりつづき)

第10章 三千代2度目の来訪  6月

 (門野・三千代)(父・平岡)

 1回 代助の不安はどこから来るか

 2回 午睡の最中に三千代が来る

 3回 人の細君を待ち合わせるには理論が必要

 4回 三千代鈴蘭の大鉢の水を飲む

 5回 三千代は白百合の花を買って来た

 6回 借銭の使途についての言い訳~平岡の再就職決まりそう

 

第11章 ある日曜日  6月

 (門野・寺尾・平岡・勝(車夫)・誠太郎・直木・誠吾・嫂・縫子・高木・佐川の令嬢)(三千代・父・但馬の旧友)

 1回 代助のアンニュイと散歩~誠太郎は今春から中学生に

 2回 代助の自己本位主義の起源

 3回 寺尾来る~翻訳していて解らない箇所を聞きに来る

 4回 竹早町の平岡と三千代の家

 5回 青山の家に呼び出される

 6回 皆で歌舞伎座へ行く

 7回 幕間に佐川の令嬢を紹介される

 8回 代助は騙されて見合いをした~その代償作用は何か

 9回 但馬の友人の様変わり~何人も美の基準は変化する

  

第12章 見合い  6月

 (誠太郎・門野・三千代・誠吾・嫂・父・高木・佐川の令嬢)

 1回 旅行に出ようと思う~誠太郎の来訪~明日実家へ来るように

 2回 旅行に出るかわりに三千代の家を訪ねる

 3回 消えた指輪~三千代に金をやる~兄の来訪

 4回 自宅で食事会をやる~いいじゃないか貰ったって

 5回 自宅での見合い

 6回 佐川の令嬢のプロフィール

 7回 品定め~大した異存もないだろう

 

第13章 意志か自然か  6月

 (嫂・高木・佐川の令嬢・門野・三千代・平岡)(父・兄・三千代の父の手紙)

 1回 新橋での見送り~代助は自分の未来を決めることができない

 2回 三千代にやった金の残りが財布にあった~待合に行く

 3回 三千代を訪れる~指輪が戻っている~平岡はそれを知らないという

 4回 三千代への愛は憐憫か

 5回 新聞社に平岡を訪ねる

 6回 平岡と会食~長井家の会社の内情を書かない理由

 7回 平岡夫婦の乖離

 8回 代助は平岡を家庭の幸福に引き戻そうとするが

 9回 三千代との関係は自然で天意に従う~佐川の娘を貰うには自己の意志が必要

 

第14章 告白  7月

 (門野・寺尾・平岡・勝(車夫)・誠太郎・直木・誠吾・嫂・縫子・高木・佐川の令嬢)(三千代・父・但馬の旧友)

 1回 三千代への愛は代助が結婚してもしなくても変わらない~決断

 2回 嫂との普段らしくない会話

 3回 三千代のことを一般論として嫂に相談

 4回 姉さん私は好いた女があるんです

 5回 代助の煩悶~父に会見する前に三千代に告白しなければならない

 6回 四谷三丁目から平岡の家まで歩く~立聞き

 7回 代助の3つの段取り~今日こそ自然の昔に帰る

 8回 三千代3回目の来訪~銀杏返しの秘密

 9回 回想~5年前三千代の兄が亡くなるまでの日々

10回 告白~僕の存在には貴女が必要だ

11回 仕様がない覚悟を決めましょう~万事終わる

  

第15章 父と子  7月

 (嫂・三千代・門野・婆さん・寺尾・父)

 1回 父親面会拒否の理由は何か

 2回 三千代の落着きと代助の不安

 3回 来訪した寺尾を見て代助は自分の行く末を思う

 4回 金策に疲れたのか珍しく弱音を吐く父

 5回 代助の断りに援助打ち切りの宣告

 

第16章 それから  7月

 (三千代・門野・平岡)

 1回 覚悟の上とはいえ代助の困惑

 2回 三千代の4回目の来訪は代助には救い

 3回 代助を叱り励ましいたわる三千代

 4回 大仕事が残っている~平岡への請願

 5回 平岡へ会見の手紙を出す~しかし三千代が病気らしい

 6回 嫂からのありがたい小切手

 7回 平岡来る~三千代の様子がおかしい

 8回 平岡への告白

 9回 3年前のこと

10回 平岡の返事~三千代を病気のまま渡せない

 

第17章 赤い電車  7月

 (門野)

 1回 夜おそく平岡の家の前まで歩く~軒燈のヤモリ

 2回 朝はやく兄が来る~平岡からの父宛の手紙

 3回 放逐~赤く焼ける代助の心と頭