明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

2022-01-01から1年間の記事一覧

漱石「最後の挨拶」野分篇 17

352.『野分』何を怒っているのか(3)――職業と道楽 何度も述べるが、道也は子供のないことを除くと周囲の環境が、『猫』の苦沙弥そっくりである。鈴木藤十郎君と金田とのやりとりにこんなのがある。「あの変人ね。そら君の旧友さ。苦沙弥とか何とか云うじゃ…

漱石「最後の挨拶」野分篇 16

351.『野分』何を怒っているのか(2)――友情、分裂する自己、そして自己愛 『野分』の主人公は高柳周作という、卒業したての貧しい文学士であった。もう1人の主人公白井道也も、8年前に卒業した貧しい文学士である。貧は漱石文学のテーマにはならなかった…

漱石「最後の挨拶」野分篇 15

350.『野分』何を怒っているのか(1)――朝日入社と正宗白鳥 『野分』は漱石が12年にわたる教師時代の最後に書いた小説である。同時に白井道也が7年間勤めた中学教師を辞めて生活に困窮する話でもある。道也は教師を辞めて専業の著述家・文士になろうとし…

漱石「最後の挨拶」野分篇 14

349.『野分』主人公は誰か(6)――兄と弟(つづき) 道也の家は市ヶ谷薬王寺前であった。ある日道也の兄が道也の家を訪れると、道也は留守で細君が迎える。 表に案内がある。寒そうな顔を玄関の障子から出すと、道也の兄が立っている。細君は「おや」と云っ…

漱石「最後の挨拶」野分篇 13

348.『野分』主人公は誰か(5)――兄と弟 道也の家は市ヶ谷薬王寺前であった。薬王寺前というと、後の読者が知るように、『道草』の健三の兄が住む場所である。漱石は『道草』を書くときに『野分』の道也夫婦のことを一瞬でも憶い出したりしなかったであろう…

漱石「最後の挨拶」野分篇 12

347.『野分』主人公は誰か(4)――夫婦のあり方(つづき) 子のない夫婦の源流は『野分』であった。結婚して7年、子供が出来ないという記述すらない。前述したが、それを除けば『野分』の夫婦は、外見だけでは苦沙弥夫婦や健三御住夫婦と区別が付かない。 …

漱石「最後の挨拶」野分篇 11

346.『野分』主人公は誰か(3)――夫婦のあり方 「こっち」のおかげで細君まで主役争いに加わった。 この「複数主人公が銘々自分の思いを表出する」という描き方は、次作『虞美人草』に直結するものであるが、後に『門』にも目立たないように一部受け継がれ…

漱石「最後の挨拶」野分篇 10

345.『野分』主人公は誰か(2)――御政のアリア 漱石は御政という道也の細君を描くときに、「こっち」という言葉を2度使用した。その最初の使用例は、本ブログ第5項で、『野分』という小説が風と共にあるということを述べたとき引用した、道也夫婦の描写部…

漱石「最後の挨拶」野分篇 9

344.『野分』主人公は誰か(1)――見分けるコツは「こっち」 さて本題に戻って『野分』の主人公は誰か。 書出しの「白井道也は文学者である。」を見ても、白井道也であるとするのがふつうかも知れない。年齢も先の年表にあるように明治39年で34歳。漱石…

漱石「最後の挨拶」野分篇 8

343.『野分』のカレンダー(3)――式場益平と会津八一は高柳君の同級生 ここで高柳君の年表をもう1度(簡略化して)掲げる。〇高柳君明治14年 新潟県生れ(1歳)明治28年 長岡中学入学(15歳)明治33年 長岡中学卒業 上京、一高入学へ(20歳)明…

漱石「最後の挨拶」野分篇 7

342.『野分』のカレンダー(2)――描かれなかった山陽路 前項冒頭で物語の期間は明治39年10月下旬~12月中旬の2ヶ月間と述べた。もう少し詳しく見てみると、白井道也が借りた百円について、物語の大詰で(名目上の)債権者が道也に返済を迫るシーンが…

漱石「最後の挨拶」野分篇 6

341.『野分』のカレンダー(1)――やはり1年ズレているかも知れない 『野分』は明治39年12月に書かれ、『ホトトギス』明治40年1月号に一括掲載された。物語は概ねその明治39年の終わりの頃の話である。これは白井道也が演説会で「明治の四十年」(…

漱石「最後の挨拶」野分篇 5

340.『野分』式場益平からの手紙(4)――ゴーン・ウィズ・ザ・ウィンド 本文改訂ということで言えばもう1つ、『坊っちゃん』の清のセリフ、「もう御別れになるかも知れません。存分御機嫌よう」(『坊っちゃん』第1章) 論者は先にこの「存分」を「随分」…

漱石「最後の挨拶」野分篇 4

339.『野分』式場益平からの手紙(3)――漱石は誰の手紙も保存しない さて式場益平の話に戻って、漱石の葉書を再々掲する。〇書簡No.811 全文 明治40年1月[推定] はがき 駒込神明町七十三 式場益平様/本郷西片町十ロノ七 夏目金之助 野分の御批評難有…

漱石「最後の挨拶」野分篇 3

338.『野分』式場益平からの手紙(2)――115年目の本文改訂『野分』篇 「先生私はあなたの、弟子です。――越後の高田で先生をいじめて追い出した弟子の一人です。」(『野分』第12章/大正6年12月漱石全集刊行会版漱石全集第2巻――以降20世紀の漱石…

漱石「最後の挨拶」野分篇 2

337.『野分』式場益平からの手紙(1)――驚愕の高岡市と高田市 例によって漱石作品本文の引用(青色文字)は、原則として岩波書店の平成版『漱石全集』『定本漱石全集』に拠る。ただし現代仮名遣いに改めた。論者(筆者・引用者)による強調はアンダラインで…

漱石「最後の挨拶」野分篇 1

336.『野分』はじめに――小説の神様が愛読した小説 本ブログは『三四郎』『それから』『門』の初期(青春)3部作、『彼岸過迄』『行人』『心』の中期3部作のあと、『道草』に入る前に、『坊っちゃん』『草枕』と寄り道したが、本ブログ草枕篇(28)で述べ…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 39

335. 漱石「最後の挨拶」草枕篇 ブログ総目次 ブログ総目次草枕篇1 297.『草枕』降臨する神々(1)――不惑の詩人 漱石「最後の挨拶」草枕篇 1 - 明石吟平の漱石ブログ 草枕篇2 298.『草枕』降臨する神々(2)――『一夜』との関係 漱石「最後の挨拶」草枕…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 38

334.『草枕』全51回詳細目次(2)――第8章~第13章 第8章 隠居老人の茶席に招かれる(全4回)1回 客は観海寺の大徹和尚と甥の久一(P93-2/御茶の御馳走になる)老人の部屋には支那の花毯が~和尚は虎の皮の敷物~久一は鏡が池で写生しているところ…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 37

333.『草枕』全51回詳細目次(1)――第1章~第7章 先にも断った通り回数分けやそのタイトルは勝手に付けたものである。回数分けのガイドとなる頁の表示は、岩波書店版『定本漱石』第3巻(2017年2月初版)に拠った。第1章 山路を登りながら考えた (全4…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 36

332.『草枕』全51回目次――全13章 第1章 山路を登りながら考えた (全4回)1回 店子の論理2回 雲雀の詩3回 非人情の旅4回 画工の覚悟第2章 峠の茶屋で写生と句詠 (全4回)1回 高砂の媼2回 那古井の志保田3回 源さんと馬子唄4回 長良の乙女第…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 35

331.『草枕』補遺――登場人物と志保田家の秘密 さてそのユニークな『草枕』は、登場人物もまた独自の観点から造型されているようである。 漱石の1人称小説は、広く採り上げれば次の通りであろうか。(年代順) 《作品名・1人称の呼称・主人公の名前・職業身…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 34

330.『草枕』目次(21)第13章(つづき)――何事かが成就した漱石唯一の目出度い作品 第13章 鉄道駅で大切な人との別れ (全3回)(承前)2回 那美さんの肖像画を描く話(P164-5/舟は面白い程やすらかに流れる。左右の岸には土筆でも生えて居りそうな…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 33

329.『草枕』目次(20)第13章――太公望の秘密 第13章 鉄道駅で大切な人との別れ (全3回)1回 川舟に全員集合(P161-9/川舟で久一さんを吉田の停車場迄見送る。舟のなかに坐ったものは、送られる久一さんと、送る老人と、那美さんと、那美さんの兄さんと…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 32

328.『草枕』目次(19)第12章(つづき)――野武士の髯と『一夜』の髯ある人 第12章 白鞘の短刀の行方 (全6回)(承前)4回 那美さん野武士に財布を渡す(P152-15/寝返りをして、声の響いた方を見ると、山の出鼻を回って、雑木の間から、一人の男があら…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 31

327.『草枕』目次(18)第12章――蜜柑山の秘密 第12章 白鞘の短刀の行方 (全6回)1回 芸術家の条件(P143-8/基督は最高度に芸術家の態度を具足したるものなりとは、オスカー・ワイルドの説と記憶している。基督は知らず。観海寺の和尚の如きは、正しく此…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 30

326.『草枕』目次(17)第11章(つづき)――若い人の意見の方が正しい 第11章 山門の石段を登りながら考えた (全4回)(承前)3回 お寺で大徹和尚と了念に会う(P135-12/「和尚さんは御出かい」「居られる。何しに御座った」「温泉に居る画工が来たと、取…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 29

325.『草枕』目次(16)第11章(つづき)――有明海の星月夜 第11章 山門の石段を登りながら考えた (全4回)(承前)2回 一列に並んだサボテンと1本の木蓮の大樹(P132-10/仰数春星一二三の句を得て、石磴を登りつくしたる時、朧にひかる春の海が帯の…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 28

324.『草枕』目次(15)第11章――明治39年版怒れる小説 第11章 山門の石段を登りながら考えた (全4回)1回 人のひる屁を勘定する人世(P129-11/山里の朧に乗じてそぞろ歩く。観海寺の石段を登りながら仰数春星一二三と云う句を得た。余は別に和尚に…

漱石「最後の挨拶」草枕篇 27

323.『草枕』目次(14)第10章――こっそり迎えたクライマックス 第10章 鏡が池で写生をしていると岩の上に (全4回)1回 鏡が池で思索にふける(P118-2/鏡が池へ来て見る。観海寺の裏道を、杉の間から谷へ降りて、向うの山へ登らぬうちに、路は二股に岐…