明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」草枕篇 19

315.『草枕』目次(6)第4章――那美さんのラヴレター


 草枕』目次。引用は岩波書店『定本漱石全集第3巻』(2017年3月初版)を新仮名遣いに改めたもの。回数分けは論者の恣意だが、その箇所の頁行番号ならびに本文を、ガイドとして少しく附す。(各回共通)

第4章 スケッチブックの中の詩人 (全4回)

1回 添削もしくは付け文
(P41-9/ぽかんと部屋へ帰ると、成程奇麗に掃除がしてある。一寸気がかりだから、念の為め戸棚をあけて見る。下には小さな用箪笥が見える。上から友禅の扱帯が半分垂れかかって、居るのは、誰か衣類でも取り出して急いで、出て行ったものと解釈が出来る。)
写生帖に落書~発句に付け句か添削か~縁側のある部屋~やっと落ち着いて宿からの景色を見る

 前項の晩い朝の入浴は僅か5分間であったと書かれる。洗い場からの戸口で那美さんのお出迎えさえある。それでいて部屋は掃除がしてあり、句帖には俳句の添削までしてあった。思うに那美さんは下女と一緒に画工の泊った部屋へ行き、掃除だけは(いつものように)下女がしたのであろう。

 海棠の露をふるふや物狂い ⇒ 海棠の露をふるふや朝烏
 正一位女に化けて朧月 ⇒ 御曹司女に化けて朧月

 付け句に見せかけて、那美さんは自分は異常でないと訂正している。おまけに正一位(狐)を御曹司(画工)に結び付けて、しっかりお返しまでしている。これは一種のラヴレターではないかとは先に述べたところ。

 山が尽きて、岡となり、岡が尽きて、幅三丁程の平地となり、其平地が尽きて、海の底へもぐり込んで、十七里向うへ行って又隆然と起き上がって、周囲六里の摩耶島となる。是が那古井の地勢である。温泉場は岡の麓を出来る丈崖へさしかけて、岨の景色を半分庭へ囲い込んだ一構であるから、前面は二階でも、後ろは平屋になる。椽から足をぶらさげれば、すぐと踵は苔に着く。道理こそ昨夕は楷子段を無暗に上ったり、下ったり、異な仕掛の家と思った筈だ。

 入口の襖をあけて椽へ出ると、欄干が四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべき筈の所に、中庭を隔てて、表二階の一間がある。わが住む部屋も、欄干に倚ればやはり同じ高さの二階なのには興が催おされる。湯壺は地の下にあるのだから、入湯と云う点から云えば、余は三層楼上に起臥する訳になる

 読者は『一夜』の丸顔の(髭のない)男が、温泉宿の部屋で「椽より両足をぶら下げて居る」のを思い出す。男の詩に女が付け句するのも『一夜』の独壇場である。
 そして温泉宿の造りと地下をさらに下がる風呂場の位置は、前述したが『明暗』にそのまま受け継がれる。湯河原の温泉宿もそういう造りであったことは想像に難くないが、よほど漱石に訴えるものがあったのだろう。漱石は(3階建てとかの)建築物(構造体)に関心があるのである。

2回 晩い朝食もしくは聴き取り調査
(P44-12/やがて、廊下に足音がして、段々下から誰か上ってくる。近づくのを聞いていると、二人らしい。それが部屋の前でとまったなと思ったら、一人は何にも云わず、元の方へ引き返す。襖があいたから、今朝の人と思ったら、矢張り昨夜の小女郎である。何だか物足らぬ。)
那美さんが引き返した理由~「うちに若い女の人がいるだろう」「へえ」「ありゃ何だい」「若い奥様で御座んす」~「和尚様の所へ行きます」「大徹様の所へ行きます」~向う二階の欄干に頬杖を突いて佇む

 やがて、廊下に足音がして、段々下から誰か上ってくる。近づくのを聞いていると、二人らしい。それが部屋の前でとまったなと思ったら、一人は何にも云わず、元の方へ引き返す。襖があいたから、今朝の人と思ったら、矢張り昨夜の小女郎である。何だか物足らぬ

 那美さんが引き返した理由は難解である。昨夜は女中が1人で応待した。那美さんは夜中にこっそり侵入するが、それは誰も知らない。朝になって画工がゆっくり起きて風呂へ行く。那美さんと女中が一緒に画工の部屋を訪れたのが前回のこと。女中は床を上げて、那美さんはいたずら書きをした。今回那美さんだけなぜ引き返したのか。配膳が大変なので部屋の入口まで手伝ったのでないことは、昨夜のケースからも明らかである。
 改めて挨拶しようと女中と連れ立ってやって来たが、女中の前で画工と口を利きたくないと急に思い直して引き返した。那美さんは画工とのおしゃべりを女中ごときに聞かせたくなかった。それでいて他意はないという素振りで部屋まで一緒に行き、その行きしなに昨夜の画工の様子を事情聴取したのかも知れない。女中は客とはほとんど口を利かなかったが、自分の見たことだけは女主人に話した。それで那美さんは画工が若い女に決して冷淡でないことを察知して、急に画工の気を惹きたくなって、これ見よがしに足音だけは響かせて踵を返したのか。

 論者の解は、那美さんはやはり先刻の写生帖への落書が気になって、部屋の前まで様子を伺いに来たというもの。画工が癇性で癇癪持ちであることは想像に難くない。大切な写生帖を汚されたと怒りまくっていないか、それとなく探りを入れたかった。
 作者がそこまで斟酌するのであれば、画工が入浴している5分足らずの間に、那美さんが付け句をして、かつ着物(どてら)を持って画工を待ち構えることが、時間的に窮屈過ぎることにも、想いを致すべきではなかったか。

 さて理由はともかく那美さんは去ったが、これは平和の兆しか、それとも風雲急を告げる何らかの前触れであろうか。
 部屋では今度は画工による聴取調査である。女中の口は軽いのか堅いのか、限りなく曖昧である。漱石ファンには気にならなくても、一部の評家にはそういうところが不満なのであろう。

「御寺詣りをするのかい」
「いいえ、和尚様の所へ行きます
「和尚さんが三味線でも習うのかい」
「いいえ」
「じゃ何をしに行くのだい」
大徹様の所へ行きます

 これも解釈は難しい。女中は答弁を拒否しているようでさえある。「大徹和尚」という名を明かせば、部屋に掛かっている額の字からも、三味の類いの出る幕はないと言いたげであるが、この女中に果してそんなテクニックが駆使できるだろうか。結句女中は後で連発するように、「知りません」つまり立場上言うことは出来ないと言うだけである。口にすることが憚られることがある。読者は興味を惹かれずにはいられない。これは漱石らしい話の運び方であろうか。それとも漱石らしくないあざとさであろうか。

「知りません」
 会話は是で切れる。飯は漸く了る。膳を引くとき、小女郎が入口の襖を開たら、中庭の栽込みを隔てて、向う二階の欄干に銀杏返しが頬杖を突いて、開化した楊柳観音の様に下を見詰めて居た。今朝に引き替えて、甚だ静かな姿である。俯向いて、瞳の働きが、こちらへ通わないから、相好に斯程な変化を来たしたものであろうか。昔の人は人に存するもの眸子より良きはなしと云ったそうだが、成程人焉んぞ廋(かく)さんや、人間のうちで眼程活きて居る道具はない。寂然と倚る亜字欄の下から、蝶々が二羽寄りつ離れつ舞い上がる。途端にわが部屋の襖はあいたのである。襖の音に、女は卒然と蝶から眼を余の方に転じた。視線は毒矢の如く空を貫いて、会釈もなく余が眉間に落ちる。はっと思う間に、小女郎が、又はたと襖を立て切った。あとは至極呑気な春となる

 初登場の3回のシーンを経て、4回目は部屋の前で引き返したので空振り。仕切り直しの4回目は篇中最も迫力のある、攻撃的な顔見せとなった。しかも「小女郎」との共同作業である。第4章のこの回だけ、女中は小女でも下女でもなく、「小女郎」と呼ばれる。この回の冒頭で那美さんだけ引き返したという設定が、残った小女郎の働きとともに、こんなところまで来て恐ろしい効果を発揮している。並の男ではとうてい太刀打ち出来ない。その那美さんの瞳は間違いなく画工の眼を貫いたのである。
 それにしても「開化した楊柳観音」とはよく言ったものである。明治になって高座でこんなことを言う人がいたのかも知れないが、小さん的ユーモアの一典型であろう。