明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」門篇 33

119.『門』最後の謎 ―― 補遺として「説教する人」


 前項で『門』の最後の日を3月20日と比定したが、これは小説の暦を明治43年と限定した場合の話であって、漱石が架空の年度を想定したのであれば、論者としては3月15日くらいを充てたい。勿論その日が実際のカレンダーに関係なく日曜日なのである。

 さて第7章の泥棒事件で漱石に近い年配の坂井が初登場する。坂井は小説では実業家上がりの高等遊民のように描かれるが、宗助に対しては人生の先輩として講釈を垂れ流す。宗助はほぼ黙って聞いているようだ。教師生活の長い漱石にとって、一番書きやすい会話のパタンであろうか。謹聴する方が若い主人公で、しゃべる方は年長の副人物であることが多い。いずれも漱石度合いの高い人物である。

①『三四郎』  広田 → 野々宮
②『三四郎』  広田 → 三四郎
③『門』    坂井 → 宗助
④『彼岸過迄』 田口 → 敬太郎
⑤『彼岸過迄』 松本 → 市蔵
⑥『行人』   一郎 → 二郎
⑦『心』    先生 → 私(学生)
⑧『明暗』   藤井 → 津田
⑨『明暗』   岡本 → お延

 『それから』で代助に説教するのは父親と兄誠吾であるが、この2人に漱石臭はない。『それから』は漱石らしき人物の出演がない唯一の作品である。それが『それから』の人気の理由であろうか。その代わり代助の自問自答(についての作者の講釈)が目立つようであるが。
 初期作品は、その構造に漱石の意図がどの程度働いているか分からないので、あげつらうことに意味があるかどうか何とも言えないが、

⑩『猫』     苦沙弥  → 寒月
⑪『坊っちゃん』 赤シャツ → 坊っちゃん
⑫『野分』    白井道也 → 高柳周作

 この3人とも教師である。坊っちゃんは赤シャツに対して黙ってないではないかと言われそうであるが、坊っちゃんは日記ふうに独白として啖呵を切っているだけで、実際にはおおむね大人しく傾聴している。大活劇のラストシーンでも、坊っちゃんは赤シャツに対しては何も発言しておらず、自分の腕力も専ら野だに向けている。この名作で坊っちゃんの次に漱石度の高い人物は赤シャツであろうが、坊っちゃんとしても、自分で自分を殴るわけにはいかなかったのだろう。
 おしゃべりで説教癖があるといえば、教師というより女主人公の方であろうか。漱石の女は概して主人公の若い男に説教する傾向にある。未婚の女であれ細君であれ、例外なく母親のように教師のように、主人公を指導している。だからどうだというわけではないが。

 女といえば第14章の回想シーンで、安井の同棲者としての若い御米が初登場する。前述したが、宗助は格子戸の内で浴衣の女の影をちらと見る。女の身元は後日判明する。『彼岸過迄』での印象深い千代子の紹介シーンのリハーサルのようでもあり、これは後にバージョンを変えて『道草』御縫さんのスケッチにも使用された。この手法の起源は『趣味の遺伝』であろうが、『坊っちゃん』のマドンナ、『草枕』の那美さん、『虞美人草』の小夜子、『行人』三沢の「あの女」もこれに近い。漱石の女は最初から剝き出しに現れるのではなく、誰とも知らない間にちらちら姿を現すのである。これを拡大解釈すると、『猫』の金田富子、『三四郎』美禰子、『それから』三千代、『明暗』清子、皆そう言えなくもない。
 思わず全作品を棚卸ししたくなるが、最初から剥き出しのまま出て来る女も多い。『虞美人草』藤尾、糸子、『三四郎』(池の女としての)美禰子、よし子、『門』(宗助の妻としての)御米、『行人』直、『心』御嬢さん、『道草』御住、『明暗』お延。その中で(筆の)飾り気のない剥き出しのチャンピオンは、お延であろうか。飾り気のある(あり過ぎる)剥き出しのチャンピオンは、藤尾か。いずれも剛の者ではある。

 女の話が終ったら最後にお金の話をひとつだけ。最終章の第23章、

「宗助の月給が5円昇った。原則通り2割5分増さないでも仕方あるまい」

 辞めさせられた人もいる、とも書かれる。本ブログで漱石作品の引用に使用しているのは、前述のように「漱石全集」「定本漱石全集」であるが、2017年5月初版の「定本漱石全集第6巻」の注解には、ありがたいことに当時の官吏増俸一覧表が載っている。それによると、

・月給15円超19円以下  4円昇給
月給19円超23円以下  5円昇給(宗助)
・月給23円超27円以下  6円昇給

 とあるから、5円昇給した宗助の(それまでの)月給は、19円から23円の間であろう。それぞれの金額に2割5分を掛けると、

・月給19円の場合 4円75銭昇給
・月給20円の場合 5円昇給
・月給21円の場合 5円25銭昇給
月給22円の場合 5円50銭昇給(宗助)
・月給23円の場合 5円75銭昇給

 昇給額5円が2割5分に満たないが仕方ない、と宗助は言っている。すると宗助の給料は21円から23円の範囲と推測される。まあ22円くらいか。小六の掛り月10円が無理なわけである。この給料で福岡東京の転勤があるのかと言ってはいけない。宗助の場合は転勤というよりは転職に近い例外的な異動だったのだろう。ともかく昇給で27円になる。鯛と赤飯のごちそうはその前祝いであった。米屋も肴屋も月末払いである。実際に給料袋を手にしなくても、ごちそうは出来る。
 ところでこの祝いの膳には酒は出なかった、と論者は確信する。漱石はがんらい酒の話など書く人ではないのである。①物語冒頭の小六へのごちそう(お銚子1本)の話、②小六の飲酒癖の話、③宗助の牛肉店(お銚子3本)の話。もともと漱石は酒の話は無理矢理挿入したに過ぎない。もう書きたくないし、3回書いたのだからもう書かなくてよい。
 酒の話はどうでもいいとして、宗助・御米・小六の2度目の宴。宗助は昇給、小六は学資のメドがついて、これは彼ら兄弟にとって共通の幸せである。御米は彼らの幸せが即ち自分の幸せであろう。前著でも書いたが、漱石の作品で、こんな目出度い話が、『門』以外にあるだろうか。

漱石「最後の挨拶」門篇 畢)