明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 37

39.『三四郎』の錬金術―― 高等学校答案調べの怪


 さて漱石の小説の中で女の話に次いで難解なのが金の話である。
坊っちゃん」はお金に恬淡であると、一般には思われがちであるが、小説『坊っちゃん』は、全篇くまなくお金の話に満ちている。主人公は常にお金のことに気をとられている。それは殆ど頁ごとに現れて、為に『坊っちゃん』は金銭物語であると言ってもいいくらいである。そしてこの話は『坊っちゃん』に限らない。

 思うにこれは山の手の江戸っ子という漱石の血脈のせいであろうが、お金に苦しめられた漱石の青少年時代を反映しているともいえよう。ここではそれ以上言わないとしても、『三四郎』もまたお金の話が充満している小説である。
 その最大の出来事はもちろん美禰子からの借金30円であるが、その発端は広田先生の引越にともなう敷金等の出費である。

 広田先生の下宿替えについては、小説を読む限りでは、不可解の一語に尽きる。広田先生は物語冒頭の、髭の男もしくは汽車の男の時から一貫して、引越などという世俗的行為とは、無縁の人物として描かれている。物語の年の夏から秋にかけて、広田先生に引っ越す理由は皆無である。
 もちろん小説では強欲な高利貸の大家にブチ切れた与次郎が独断で行ったことにはなっているが、これに納得する読者はいないだろう。いくら与次郎が突飛な男であるとしても、与次郎はまた世故にたけた男である。広田先生にみすみす大金を遣わせるような企みを勝手にする筈がない。
 広田先生に引っ越す理由が唯一あるとすれば、それは作者の漱石が引っ越したからである。この私的事情丸出しの物語進行が、なぜか百年の命脈を保つ。それは真似ようにも大抵の人が真似て失敗する創作技法でもある。

 それはともかく、広田先生の(しなくてよい)引越の費用の出所は、「高等学校の受験生の答案調を引き受けた時の手当」(『三四郎』8ノ1回)60円であると、小説では説明される。広田先生は文学士であり第一高等学校の英語教授である。非常勤講師ではない。であれば入試の答案調べは広田先生の正式な課業の内であり、決して60円もの手当の対象ではないはず。
 漱石は副業としての講師時代にゴネて(正当に)手当をせしめたかも知れないが、広田先生は正教員である。一高時代の教え子が東大にもあまた居て、東大教授任官運動まで引き起こしている。本代が嵩んで金のないのは解るが、答案調べで金をもらう立場にないことは明らかであろう。

 これもまた漱石の私的事情優先の小説作法が剥き出しになった例であるが、この金がなければ引越もなく、野々宮から引越費用の一部を立替てもらうこともなく、与次郎の遣い込みもなく、三四郎が美禰子の家を訪ねることもない。三四郎の物語は1ページたりとも進まないのである。

 また、金がなければ学士もなく高等遊民もない。文学をこころざしても一葉か緑雨のような挫折に了わるのは目に見えている。
 ところで父親が金を出さなかったにもかかわらず、夏目(塩原)金之助はなぜ大学を卒業出来たのであろうか。奨学金やアルバイトなど(今と異なり)たかが知れている。そんなもので学業が継続できるなら苦労はない。男も女も生きて行くだけでも大変な時代である。
 むろん漱石も金のない学徒であった。ひと夏寄宿舎に蟄居した年もある。着たい着物も買えず、まあ明治時代であるから下を見ればきりがないのであるが、「夏羽織事件」を持ち出すまでもなく、気の毒といえば気の毒な若者であった。

 しかし漱石の学資はどこから出たのであろうか。
 漱石は嘘の吐けない人である。隠し事の出来ない性分である。自分の気に入った、現代でいえば歌手や女優など、周囲にしゃべらざるを得ないタイプであった。何でも自分の腹に収めてそれでよしとするタイプではない。自己の恋愛体験・初恋事情を秘匿したようにも見えるが、基本は漱石はそうしたことを隠す人ではない。あからさまに書けないことは当然あるだろうが、それは凡百の人と同じである。漱石に人に誇れる恋愛経験があったとはとても思えない。国民的大作家だからといって非凡な恋愛をしなければいけない謂われはない。

 しかし金についてはどうであろうか。
 漱石は金のことについても困った話ばかり隠さず書いているようにも見えるが、真の秘密を書かずに仕舞ったのではないか。

(A)金のことも女のことも、すべて書いた。

(B)金のことは隠さず書いたが、女のことは秘密を残した。

(C)女のことは隠さず書いたが、金のことは秘密を残した。

(D)金のことも女のことも、秘密を残した。

 論者の考えは(C)である。研究者の平均的な見解は(B)であろう。
 漱石以外の作家の場合は、ふつう(D)である。一見(A)のように見える作家でも、まず(D)と思っていい。漱石だけが例外的に(A)であるかも知れない作家である。しかしその漱石でも、若い頃の学資については書いていないことがある、と論者は考える。