明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」心篇 42

255.『心』目次(2)――『先生と遺書』


『先生と遺書』 (全56回)

第1章 はじめに(大正元年9月)/両親の死(明治26年)(38歳/19歳)

0回 貴方にやっと私の過去を話す時が来た~口で話す代りに手紙で話すことにした
1回 貴方からの手紙への返事はもう書かない~その代りこの手紙を書く~以前貴方に約束した私の過去を書く
2回 私の過去は私だけの経験だから私の所有ともいえる~私は日本人の内で貴方にだけ私の過去を語りたい
3回 高等学校入学前の両親の死亡~私は死に行く者としては落ち着いてこの手紙を書いている~何も知らない妻は次の室で無邪気にすやすや寝入っている

第2章 高等学校時代 (明治27年~明治30年)(20歳~23歳)

4回 東京の高等学校へ~田舎で家を監理してくれる叔父のこと~叔父は私の存在に必要
5回 2年生になる前の夏休み~始めての帰省~叔父は結婚を勧める~早く嫁を貰ってこの家へ帰って来て亡くなった父の後を相続せよと言う
6回 3年生になる前の夏休み~叔父はまた結婚を勧める~従妹と結婚せよという~断る
7回 卒業して大学に入学する前の夏休み~叔父一家の様子がおかしい~16、7歳の頃第1の驚きを経験した~叔父一家の変身で第2の驚きを驚く
8回 家の財産について叔父と談判~世の中に造り付けの悪人というものはいない~普通の人間が金を見て急に悪人に変化する
9回 叔父は家の財産を誤魔化していた~親戚の者が仲介に入る~残った公債を懐に故郷を捨てる覚悟を固める

第3章 過去との訣別と新しい下宿生活の始まり (明治30年秋~冬)(23歳)

10回 小石川の台地に下宿を探す~ある軍人未亡人・1人娘・下女の素人下宿に入る~なぜこの家は下宿人を入れようとするのか
11回 下宿の間取り~床の間の琴と活け花
12回 厭世感と人間嫌い~きょときょと周囲を見廻す生活~物を偸まない巾着切り~鷹揚な人
13回 奥さんの見立てに自分が染まって行く~段々落ち着いてくる~奥さん御嬢さんと打ち解ける

第4章 愛の日々 (明治31年春~夏~秋~冬)(24歳)

14回 突然御嬢さんに対する愛情に気付く~信仰に近い愛である~奥さんは私を歓迎しているようでもあり警戒しているようでもある
15回 私は人を疑っている~奥さんは私を信用している~郷里を捨てた事件を打ち明けて感動される~話して好い事をしたと思う~しかし奥さんにも策略があるのか~御嬢さんもグルなのか
16回 授業に身が入らないのは御嬢さんのせいか~奥さんの家に男の客が来ることがある~私は気になって仕方がない~求婚も考えるが人の思う壺に嵌りたくない
17回 書物は要るが着物は要らない~羽二重胴着根津の泥溝投げ棄て事件~三越着飾り買物事件
18回 級友に目撃されていた三越への外出~定めて迷惑だろう~男はこんなふうに女から気を引いて見られるのか~御嬢さんにはちらほら縁談もなくはない様子~私はこのとき打ち明けるべきであった~なるべくゆっくらな方がいいだろう

第5章 Kの生い立ち (明治27年~明治31年)(20歳~24歳)

19回 幼友達K登場~真宗寺から医者の養家へ~先生とKは東京へ出て高等学校へ~同じ室で寝起きして将来を語り合う~Kの生きる目当ては「精進」
20回 Kは最初から養家の方針たる医科を目指さない~3度の夏休みとは~3度目の夏休みの後大学入学へ
21回 養父と実家の激怒~援助打切りと夜学校の教師アルバイト~復籍と学費の弁償~勘当
22回 Kの継母と姉とその夫~私はKの面倒を見るつもり~大学入学から1年半にわたる独力生活でKの健康は害されていた~Kの生きる目当ては「意志の力を養って強い人間になること」

第6章 Kとの同居の日々 (明治32年2月頃~春~夏)(25歳)

23回 Kの引越~私はKを1年半に及ぶ苦しい生活から救い上げる気持~Kは神経衰弱気味でさほど感興を表さない~Kは窮屈な4畳に1人で寝起きする方を選ぶ
24回 Kは我慢と忍耐の区別を了解していない~先生は猜疑心の塊りだったのが奥さんたちとの生活で改善された~同じようにKにも雪溶けを期待した
25回 火鉢事件~取り付き把のない人~私は奥さん御嬢さんにKと話をするよう依頼する~それは少しずつ成功しているようである~私は御嬢さんに夢中になっている頃だったので世の中には男と女がいることをKに説く~Kも納得する~しかし私はKには打ち明けなかった
26回 Kの部屋でのKと御嬢さん同席事件
27回 2度目のKと御嬢さん同席事件~御嬢さんは先生を変な人と言って奥さんに窘められる~2年次の年度末試験~もうあと1年だ~御嬢さんの卒業も間近

第7章 房総旅行 (明治32年夏)(25歳)

28回 こうして海の中へ突き落したらどうする~丁度好い遣ってくれ~Kの安心の元は学問達成であるか、それとも御嬢さんであるか
29回 Kに打明けようと迷う~Kの強くて高い様子に跳ね返される
30回 鯛の浦~誕生寺~日蓮の話~「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」
31回 人間らしいという言葉の無意味さ加減~Kの目指す途は自傷行為の苦行僧か~真っ黒になって帰宅~奥さんに褒められる

第8章 帰ってから (明治32年秋~冬)(25歳)

32回 御嬢さんは私を優先して世話を焼くようにみえた~10月中頃、Kの部屋から出る御嬢さんの後ろ姿を見る~御嬢さんがKと親しく接するのが気になって仕方がない
33回 11月、雨の富坂すれ違い事件~私は泥濘の中に足を突っ込む
34回 私は嫉妬に気も狂わんばかり~嫉妬は愛の半面ではないか~奥さんの心が分からないので告白できない~御嬢さんの心が分からないので心底好きになれない

第9章 Kの告白 (明治33年1月3日水曜~1月10日水曜)(26歳)
    Kの告白:1月5日金曜

35回 正月歌留多事件~2、3日後、奥さんと御嬢さんは市ヶ谷の親戚へ年始に出かける~女の年始は大抵15日過ぎだのに、何故そんに早く出掛けたのだろう
36回 1月5日金曜Kの告白~先を越された私は石になった~私は恐怖で口も利けない
37回 なぜ私はそのときKに同じことを打ち明けなかったのだろう~後悔で腰が据わらない~Kを避けて茶の間経由で外出、正月の街を歩き廻る~Kがなぜあんな告白をしたのか分からない
38回 夕食に間に合うように奥さんたちは急いで帰って来た~Kと私の押し黙った夕食~奥さんは夜おそく蕎麦湯を持ってきてくれた~深更Kに声をかける~今朝の件についてもう少し話をしよう~Kはなぜか乗り気でない
39回 1月6日土曜、7日日曜、家の中の空気は変わらない~Kは奥さん御嬢さんには何も言っていないようだ~また学校が始まり、私はKにこの話を進めるつもりかどうか尋ねるが、Kは答えたがらない
 

第10章 上野公園の日 (明治33年1月12日金曜~1月13日土曜)(26歳)

40回 ある日図書館にいるとKが現われる~上野公園を散歩~Kは私にKの行為について意見を求めた~Kは悩んでいるようだ~自分が弱い人間であるのが恥ずかしい~Kは進むべきか否か迷っていると言う~退ぞこうと思えば退ぞけるのか~Kは返事が出来ず、ただ苦しいと言う
41回 私はKを試合の対戦相手のように観察する~「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」~Kは果して豹変するだろうか~「馬鹿だ、僕は馬鹿だ」~Kは自信を失っているのか
42回 私は御嬢さんをKに渡したくない~私は卑怯にもKを責めることにした~Kは苦しがった「もうその話は止めよう」~「君の言い出したことである。止めてもいいが、ただ口の先で止めても仕方ない。君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。君は平生の主張をどうするつもりか」~「覚悟、――覚悟ならない事もない」~帰宅して2人とも沈んだ気持での夕食
43回 Kの精進と強い意志の生活は、御嬢さんへの愛を育まないようだ~私はKへの攻め口を見つけて得意になる~Kは深夜襖を開けて私に声をかける~Kは何か私に言いたいことがあるのか~翌日一緒に登校~「覚悟」というKの言葉を思い出す

第11章 最後の決断 (明治33年1月13日土曜~1月27日土曜)(26歳)
     先生の求婚:1月22日月曜

44回 私は「覚悟」という言葉を、Kの御嬢さんに対する恋の覚悟と取った~Kに先んじてKの知らない間に事を運ぶ必要がある~2日も3日もチャンスを伺うが、好い機会がない~1週間後とうとう仮病で講義を休む~奥さんにKが近頃何か言わなかったか尋ねる~「何を?貴方には何か仰しゃったんですか」
45回 私はKは何も言っていないと嘘を吐く~「奥さん、御嬢さんを私に下さい」「下さい、是非下さい」~事はあっさり片付く~私は部屋にいたたまれず外出する~御嬢さんに行き合う~「今御帰り。ええ癒りました、癒りました」
46回 私は街を歩き廻る~帰宅してKを見た瞬間、私はKに手を突いて詫まりたくなった~しかし私はそれが出来なかった~夕食時御嬢さんは食卓に現われなかった~大方極りが悪いのだろう
47回 そのまま2、3日過ごす~どうしてもKに打ち明けられない~奥さん御嬢さんの態度の変化は却って私を苦しませる~奥さんに申し込みをして5、6日経った~「道理で妾が話したら変な顔をしていましたよ。貴方もよくないじゃありませんか、平生あんなに親しくしている間柄だのに」~Kは落付いた驚きをもって奥さんの言葉を聞いたらしい~「御目出とう御座います」「結婚は何時ですか」「何か御祝を上げたいが、私は金がないから上げる事が出来ません」

第12章 悲劇の朝 (明治33年1月27日土曜~1月28日日曜)(26歳)
     Kの自裁:1月27日土曜

48回 奥さんは2日前に既にKに話をしていた~Kは態度を変えなかったので私は気付かなかった~策略で勝っても人間として負けた~明日にはKに釈明しようか~その晩(土曜の晩)Kは自殺してしまった~「もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄く照らしました」~私宛の遺書~もっと早く死ぬべきだのに何故今迄生きていたのだろう
49回 私は忽然と冷たくなったKによって暗示された運命の恐ろしさに愕然とした~夜が明け切るのを待つ~下女を起こそうとしたら奥さんが眼を覚まして出てきた~今日は日曜日だ~私は奥さんを部屋へ呼ぶ~Kの自死を告げると私は思わず奥さんに詫まる~Kに対する懺悔の気持ちが、奥さんと御嬢さんに対する謝罪の言葉になった
50回 Kの亡骸を見た奥さんの命じたこと~雨戸を開ける・医者と警察を呼ぶ・誰もKの部屋に入れない~奥さんと私のやったこと~Kの実家へ電報を打つ・Kの部屋の掃除と汚れた蒲団の片付け・Kの死骸を私の部屋へ寝かせる・簡単な祭壇の用意

第13章 それから (明治33年1月30日火曜~大正元年9月27日金曜)(26歳~38歳)

51回 Kの埋葬地に雑司ヶ谷を択んだ訳(50回末尾)~後日譚~Kの自死の理由について~新聞記事は見当外れで却って安心~4月今の家に引越~6月卒業~12月中に結婚~Kの墓碑を建てる~私はKの墓の前に立つ妻を見た~2度と妻と一緒に雑司ヶ谷には行くまい
52回 妻にKの影を見て以来、私は妻に打ち解けない~私は自分の卑怯からKとの経緯を打ち明けない~それは妻の純白の記憶に汚い滲みを残さないためでもある~1年経ってもKの亡霊は消えない~書物を読んで猛烈に勉強したが、目的が嘘である以上うまく行くはずがない
53回 酒に救いを求めたこともあった~初期の目的に戻って書物に打込んでも、成果物を作るわけでもない~妻は何のために本を読むのかと言う~たった一人の妻にさえ理解されない~Kは失恋のために死んだと思っていたが、たった一人で淋しくて仕方がなくなった結果、所決したのではないかと思うようになった~私もKと同じ路をたどっているのか
54回 母(奥さん)の病死~妻は是から世の中で頼りにするものは一人しかなくなったと言う私は妻を不幸な女だと思う~看護も妻への親切も、私の(人道という)大義から出ている~妻にはそれも不満の種らしい~このころから私の心が、外から襲って来る恐ろしい閃きに応ずるようになった~その恐ろしい影からは逃れようとしても逃れられない
55回 何か事を成し遂げようとしても、恐ろしい力がどこからかやって来てそれを妨害する~自殺が一番自然で楽な道~妻が不憫でとても実行に遷せない~私は妻のために命を引きずって世の中を歩いていた~貴方の卒業のときも私の気分は変わりはなかった~その夏の明治大帝の崩御~明治の精神に生きる者は時代遅れの存在か~では殉死でもしたらよかろう
56回 乃木将軍の殉死~ついに自殺する決心をする~私は妻に血の色を見せないで死ぬ積~その前にこの長い自叙伝の一節を書く~書いて見ると、却って其方が自分を判然描き出す事が出来たような心持がして嬉しい~この手紙は貴方への約束ばかりでなく、半ば以上は自分自身の要求に動かされた結果の記しである