明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」野分篇 37

372.『野分』全50回リファレンスなし目次


『野分』上篇 (全5章20回)

第1章 白井道也は文学者である (全4回)
    道也 VS. 細君 (明治39年10月下旬)


1回 田舎の中学を3度飄然と去る
越後の石油の町~会社の紳士連と衝突~九州の炭鉱の町~金と実業家に逆らう~中国辺の田舎~旧藩主の華族に媚びない態度~教場は神聖である

2回 夫を理解する細君はこの世に在るか
夫の社会的地位によって態度を変える細君は夫の知己とは云えぬ~人格が流俗より高い者は低い者の手を引いて高い方へ導いてやるのが責務~教育の目的は正しい判断の出来る人間を作ること~道也は正しい人である~細君は道也をただ夫と思っている

3回 もう田舎へは行かぬ教師もやらぬ
道也の考えを田舎で通すには性急過ぎた~学校に愛想を尽かした道也は筆の力で立つ決心をする~細君は不安がいっぱい~さしあたって金がない~道也は兄を信用していない~同級生の足立は大学教授~「あなたはよっぽど強情ね」

第2章 高柳君と中野君 (全5回)
    高柳 VS. 中野 (明治39年10月下旬 ある日)


1回 高柳君昼食を奢られる
日比谷公園で散歩中の高柳君が中野君に逢う~女の着物がただ綺麗に見えるだけでは作家として失格か~レストランで生ビールとフルコースの洋食をご馳走になる~商人か実業家のような下品な客(土鍋の底)がいる

2回 高柳と中野の奇妙な友情
高柳君は早くも生活に疲れている~恵まれた境遇の中野君はそれが分からない~高柳君は無口で孤独な厭世家の皮肉屋~中野君は鷹揚で円満な趣味に富んだ秀才~この2人が親友である不思議

3回 中野君にも悩みはある
高柳君たちの大学は3年制~幸福そうに見える中野君にも色々心配事がある~高柳君は相手にしない~高柳君の散歩は新橋駅へ遺失物探しの序で~失くした物は生活費のための翻訳原稿

4回 白井道也を追い出した話
高柳君のアルバイトは地理教授法の翻訳~中野君は文士として立つ意欲を持つ~貧しい高柳君にはスポンサーが必要か~新潟の中学校時代に白井道也という英語の教師をいじめて追い出したことがある

5回 中野君は小説家志望
白井道也の餞別の言葉~中野君は幻想小説を書こうとしている~高柳君は人を平伏させる文章を書きたい~もう冬服の時期だが着る服もない~高柳君の夏服はまだ支払いも済んでいない

第3章 江湖雑誌の編輯記者 (全5回)
    道也 VS. 中野 道也 VS. 細君 (明治39年10月下旬 数日後)


1回 道也先生中野君の邸を訪問
中野君は若旦那様~中野君の父親も学士であれ帝大の1期生か~ただし法科か理科である~西洋間の応接室~道也が名刺を出すと中野君ははっとする~普通の大家ばかりでは面白くない~なるべく新しい方もそれぞれ訪問することになった~そこで実はちょっと往って来てくれと頼まれて来た

2回 中野君の男女恋愛論
テーマは現代青年の煩悶に対する解決~「青年の煩悶は多く取るに足りない~その中で恋だけは避けて通れぬ~最も痛切・深刻・劇烈な煩悶たる恋は人間を形作る~恋を経験して始めて人は解脱できる天国へも行ける」

3回 帰宅した道也先生
「あなたはもしや高柳周作と云う男を御存じじゃないですか」~玄関で中野君の婚約者とすれ違う~道也の家は柳町の近く市谷薬王寺~反故紙でランプの芯を拭く~丸めた紙を庭へ捨てる~道也は装飾のない生活~女は装飾だけで生きている

4回 湯豆腐と鉄火味噌の夕食
寸暇を惜しんで執筆~台所で細君と下女が笑う~湯豆腐と鉄火味噌の夕食~「何でもいい。食ってさえいれば何でも構わない」~公正なる人格のために生きる~公正なる一の人格は百の華族・紳商・博士に優る~しかし生計は詰まる~壁に掛けられた細君の小袖

5回 細君は道也の兄の家へ金策に行った
道也はまだ兄を疑っている~細君は兄に百円の借金話を持ち掛ける~細君は頬骨の高い顔~もう1ヶ月もすれば百や二百の金は手に入る見込がある~今夜は20枚書いた

第4章 高柳君音楽会へ迷い込む (全4回) 
    高柳 VS. 中野 (明治39年10月下旬 ある日)

1回 高柳君慈善音楽会に誘われる
近頃は喜劇の面をどこかへ遺失してしまった~失くした原稿の捜査はもう御やめだ~西洋音楽会の切符がある~高柳君は気が進まぬ~「あれは徳川侯爵だよ」「よく知ってるね君はあの人の家来かい」~「いやかい?いやなら仕方がない僕は失敬する」「行こう」

2回 高柳君は始めての音楽会
「おい帽子をとらなくっちゃいけないよ」「外套は着ていてもいいのか」~場違いな薄汚れた着物~高柳君はこんな所へ来なければよかったと思った~中野君は3列後ろの女性に会釈している~高柳君は無人の境に独りぼっちで佇んでいる

3回 高柳君はたまらなく寂しい(高柳君の過去Ⅰ)
高柳君の父親は7歳の時いなくなった~田舎では母が今でも独り~「君面白くないか」「そうさな」~画工が写生帖にスケッチ「泥棒だね顔泥棒」~休憩と後半の演奏~夢の中にいる高柳君はたまらなく不愉快

4回 道也の訪問を受けた中野君の話
高柳君は肺をやられているようだ~白井道也が江湖雑誌の談話取材に来た話~道也の服装は高柳君と似たり寄ったり~西洋軒の前で別れる~高柳君はまた独りぼっち

第5章 ミルクホールで江湖雑誌を読む (全3回)
    高柳 VS. 道也の論文 (明治39年10月下旬 同じ日)

1回 高柳君ミルクホールに入る
地理学教授法の翻訳原稿料1枚50銭1月50枚以内~1月25円以内が高柳君の生活費~余所からの収入10円弱は故里の母へ仕送り~故郷はもう落鮎の時期~ミルクホールで江湖雑誌を読む~中野春台「僕の恋愛観」~にやりと笑う~「解脱と拘泥……憂世子」~これは少し妙だよ

2回 憂世子「解脱と拘泥」(江湖雑誌)
拘泥は苦痛である~拘泥している間は解脱出来ぬ~解脱法第1:物質界に重きを置かぬものは物質界に拘泥する必要がない(釈迦や孔子)~解脱法第2:目立つことを一切しないと拘泥しなくて済む(常人)~江戸町人・芸妓通客・西洋紳士は始めから流俗に媚びて一世に附和する~第2の解脱法を極力第1に近付けるものが道徳である~この道を理解しないものを俗人という~理解しないのはまだ許されるがこれに圧迫を加えるものは罪人である

3回 高柳君は憂世子の論文に心を衝たれる
結語「学徒は光明を体せん事を要す。光明より流れ出ずる趣味を現実せん事を要す。然してこれを現実せんがために、拘泥せざらん事を要す。拘泥せざらんがために解脱を要す」~文学士のように二十円くらいで下宿に屏息していては人間と生れた甲斐はない

『野分』中篇 (全4章16回)

第6章 高柳君道也に弟子入りする (全4回)
    高柳 VS. 道也 (明治39年11月 ある日)

1回 高柳君道也に面会す
だんだん寒くなった~真正の御辞儀~私の家へ話を聞きに来るような者はいない~何かやりたいが暇がなくて困る~金がなくても暇がなくても困ったなりにやればいい~何もしなくていい

2回 苦労が文学者を創る
金がなくても時間がなくても文学ならそれでいい~文学は他の学問とは違う~文学は人生そのものである~人生の障害物(貧困・多忙・圧迫・不幸・悲酸・不和・喧嘩)に進んで飛び込んでこその学問である

3回 独りぼっちになれないようでは文学者にはなれない
食う方と本領を同時にやろうとすると中々骨が折れる~談話筆記の中には下らないものが多い~中野は私の同級生です~「昔から何かしようと思えば大概は独りぼっちになるものです」~人に排斥されるのを苦にするようでは文学者にはなれない~苦しんだ耶蘇や孔子を筆の先で褒めるているだけでは偽文学者~そんな者に耶蘇や孔子を褒める権利はない

4回 高柳君は道也の天下唯一の知己かも知れない
「世の中は苦しいものですよ。知ってますか」~私も田舎の学校はだいぶ経験がある~「憂世子というのは私です。読みましたか」~「それじゃ君は僕の知己ですね。恐らく天下唯一の知己かも知れない」~商人は人を騙すために生きている~私は瘦せてはいるが大丈夫

第7章 中野君の愛のヴィーナス (全4回)
    中野 VS. 婚約者 (明治39年11月 ある日)

1回 ヴィーナスに嫉妬する

中野君の婚約者新体詩を唄う~大勢の人の前では恥ずかしくて声が出せない~中野邸の庭にはヴィーナス像が~愛の神ヴィーナスは冷たい感じがする~ヴィーナスを愛するものは、自分を愛してはくれまい~女の批判は直覚的だが男の好尚は半ば伝説的である~男は美学に欺かれながら欺かれぬ女の判断を理解しない

2回 ヴィーナスの指輪
中野君はヴィーナス像の美を婚約者に説く~「あらいやだ。あなたは失敬ね」「だって待っててもあとをおっしゃらないですもの」~婚約者は父親から指輪を買って貰った~指輪は魔物である

3回 メリメ『ヴィーナスの殺人』
中野君婚約者にメリメをレクチャする~テニスをするのに邪魔になるのでヴィーナス像の指に指輪を掛けておいた~それを忘れたまま青年が田舎に令嬢を迎えに行く~結婚指輪は当座のものを買って間に合わせた~しかし婚礼の晩に庭のヴィーナスが寝室に上がってきて・・・

4回 中野君の語る高柳君の悲観病
神経質で自分で病気を拵える~慰めると却って皮肉を言う~失恋なの?~細君を貰ったら癒るかも知れないが元来が性分~遺伝か子供の頃何かあったのか~だって御自分で御金がとれそうなものじゃありませんか文学士だから~新潟県での~白井道也とのいきさつ~中野君の趣味は写真撮影

第8章 道也の人格論 (全4回)
    高柳 VS. 道也 (明治39年11月 ある日)

1回 高柳君の孤独
道也の天地は人の為~高柳君の天地は己れのため~道也は人の世話・指導をする為に生れた~高柳君は人に世話され頼る為に生れた~道也は独りぼっちが苦にならぬ~高柳君は独りぼっちが苦しい~庭の梧桐も色が変わって虫喰いの1葉を除いてすべて枯れてしまった

2回 秋雨の中を外に出る
高柳君は肺結核か神経か~日の明るい朝を迎えるのが苦痛~1人ぼっちで翻訳の仕事~故里の母へ手紙を書きかける~梧桐の最後の1葉が落ちる~いたたまれず外に出る~下宿の婆さんに部屋の傘を取って来てもらう

3回 高柳君道也先生と遇う (高柳君の過去Ⅱ)
初時雨の往来を歩く~行き先は湯島天神か~岩崎の塀へ頭をぶつけて壊したい~上野の図書館帰りの道也に遇う~「じゃ坂を上って本郷の方へ行きましょう。僕はあっちへ帰るんだから」~「創作をなさればそれで君の寿命は岩崎などよりも長く伝わるのです」~「先生私の歴史を聞いて下さいますか」

4回 孤独は崇高である
先生罪悪も遺伝するものでしょうか~「あなたの生涯は過去にあるんですか未来にあるんですか。君はこれから花が咲く身ですよ」~独りぼっちは崇高なものです~「人が認めてくれるような平面ならば人も上ってくる平面です。芸者や車引に理会されるような人格なら低いにきまってます」~後世に名を残そうと力むなら、周囲と隔絶されてあるべき、その周囲から理解を得ようとしてはいけない~道也は違う、只自分の満足を得るために世のために働く

第9章 中野君の結婚披露 (全4回)
    高柳 VS. 中野夫妻 (明治39年12月 ある日)

1回 結婚披露の園遊会
杉の葉のアーチと蜜柑の木のアーケード~高柳君を待つ新夫妻~厭でも来ると約束すると来ずにいられない男だからきっとくる~きまりのわるいのは自信がないから~自信がないのは人が馬鹿にすると思うから~「入らっしゃるなら、ここにいて上げる方がいいでしょう」

2回 夫婦を驚かせた高柳君の服装
憐れなる高柳君の服装~互いに「是は」と思う~「是は」が重なると喧嘩なしの絶交となる~塩瀬の羽織を着た客とぶつかる

3回 独りぼっちの園遊会
菊の鉢と松の鉢~林檎の大皿と蜜柑の大皿~園遊会に燕尾服を着てくる非常識な男が2人いた~舞台と楽隊と朝妻船~葉巻と紙巻の呑み比べ

4回 高柳君は独りで帰ったのだろうか
株式値上がりの話~鴨猟の話~高柳君は新夫妻に挨拶せずに帰る~「あれで一人じゃやっぱり不愉快なんだ。不愉快なら出てくればいいのになおなお引き込んでしまう。気の毒な男だ」

『野分』下篇 (全3章14回)

第10章 道也と細君生計のピンチ (全4回)
     道也 VS. 細君 細君 VS. 兄 (明治39年12月11日火曜)

1回 足立教授の序文が貰えない

木枯らしが吹くようになった~435枚も書いた原稿が売れない~足立に序文を頼んだが断って来た~道也は筆で食うと言う~細君はこれでは生活できないと言う

2回 細君の悩み
細君と兄は同意見~執筆なんかやめて定職に就け~足立にもう一度序文を頼んでみよう~細君の胸の裡~細君の父母はもういない~可愛がってくれる筈の人はこの世に1人もいない~世の夫は皆あんなものか~ならば結婚する女はいなくなるだろう~夫は変わるか夫を変えられるか

3回 道也の留守に兄が来る
道也の兄は会社の社員~その会社の社長は中野君の親爺~細君の名は御政~弟が兄の家に寄り付かないのは変人だから~あれほど訳がわからないとまでは思わなかった~女の云う事を聞かないので困り切ります~近頃は少しどうかしているんじゃないかと思います~しきりに金持を攻撃する~そんな事をしてどこが面白い~一文にもならず人からは擯斥される~自分の損になるばかり

4回 道也を教師の道へ引き戻す策略
当人の方から雑誌や新聞をやめて教師になりたいと云う気を起させる~百円の融通期限は12月15日~返済を厳しく迫って定職に就かざるを得ないよう仕向ける~頭を下げて来た時に取って抑える~おれの云う事を聞かなければあとは構わない~「何分宜しく願います」~神田に道也の演説広告が出ていてびっくり

第11章 道也の演説会 (全6回)
     道也 VS. 細君 高柳 VS.道也の演説 (明治39年12月中旬)

1回 演説会当日に兄から呼び出し

兄の家から使いが来る~すぐ来いという~道也は演説会があるので行かれない~演説会は電車事件で捕まった仲間の家族を援けるため~細君は社会主義者と間違われたらどうすると心配~間違えても正しい道なら構わない

2回 道也の演説「現代の青年に告ぐ」始まる
演説会の聴衆に高柳周作がいる~道也の演説が始まる~自己は過去と未来をつなぐものである~自己は何のためにあるのか~人間は過去のために生きるのか~それで明治の代は完成するか

3回 明治の40年は次の世代の為に在る
明治の40年は弾指の間に過ぎない~弾指の間に何が出来る~明治の代に過去はない~明治は先例のない代である~我々は過去を顧みるのではなく、未来のために生きるべきである~紅葉一葉は我々の先例になるために生きたのではない、我々を生むために生きたのである

4回 どの道を歩むか何を成し遂げたか
魂の理想像を想像できるか~西洋にそれを求めることに意味があるか~理想あるものは歩くべき道を知っている~その道はどんなに困難でも必ず行かなくてはならない~理想の大道を行き尽したか否かは、ただ後世の天下のみが知るだろう

5回 学問と金儲けは正反対の道である
学問する者の理想とは何か~学問は金に遠ざかる器械である~学者と町人とはまるで別途の人間である~それは互いに矛盾相反する存在である~物の理が分かるということと金を稼げるということは相反する特質である~学問に費やす時間と金儲けに費やす時間は共有出来ない~つまり財産と地位を有する者は物事の道理が分からないことになる

6回 道徳・人生・社会の問題は学者に聞け
報酬は労力に付随して得られる筈である~しかし現実には報酬は眼前の利害に直結して決定される~高等な労力に高等な報酬が伴なわない~金を多く得る者が高尚な努力をしたとは限らない~金の多寡で人物の価値は決まらない~金持ちは金儲けの専門家だが人事や物事の理屈は分からない~人生や社会の問題は学者に聴くしかない~金持ちはそれを理解できないところが金持ちたる所以である

第12章 道也の『人格論』を百円で買う
     高柳 VS. 中野 道也 VS. 債権者 高柳 VS. 道也 (明治39年12月16日日曜)

1回 中野君は高柳君に療養を勧める

中野君が高柳君の下宿を訪れる~医者は転地を勧める~中野君は援助を申し出るが高柳君は受けたくない~元気なときならともかく病気になって援助を受けるくらいならいっそ死んだ方がよい

2回 高柳君の傑作に百円の前渡し
机の上の書きかけの小説~中野君の提案~述作の完成と引き換えに保養の費用を負担するという取引~中野君は高柳君に百円の札束を渡す

3回 百円を懐中して道也先生を訪なう
中野君の提案は妻の発議~それじゃ奥さんによろしく~この己を出さないでぶらぶらと死んでしまうのは勿体ない~これ一つ纏めれば死んでも言訳は立つ~今の百円は他日の万金よりも貴い~転地の前に道也に暇乞いに出掛ける

4回 道也先生の原稿を百円で買う
昨日が期限の百円をどうあっても今夜中に~著述が本屋に売れるまで待っては呉れますまいか~高柳君は道也の原稿『人格論』をちょっと見せてくれと言う~告白と結末