明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」番外篇続々

山田風太郎の「あげあしとり」(3)――国民作家吉川英治(再掲)


 さて吉川英治はいつもこんな(危ない橋を渡るような)書き方をしているのだろうか。「宮本武蔵」全7巻の内の第1巻「地の巻」の「縛り笛」の章に、早くもこんな記述がある。(引用は前項と同じ全集版による)

 お通は、怪しんで、笛の手をやめ、
「沢庵さん、何を、独り言をいっているのですか」
「――知らぬのか、お通さん、先刻から、ソレそこに、武蔵たけぞうが来て、そなたの笛を聴いているじゃないか
 と、指さした。
 何気なく、ひょいと振り向いたお通は、途端に、我れに回(かえ)って、
「きゃッ――」
 と、そこの人影へ向って、手の横笛を投げつけた。

   

 きゃッと叫んだお通よりも、却って驚いたらしいのは、そこにうずくまっていた人間であった。草むらから鹿のように起って、ぱっと彼方へ駆け出そうとする。
 沢庵は、予期しなかったお通のさけびに、折角静かに網へ掬いかけていた魚を汀から逃したように、これも、あっと慌てて
――武蔵たけぞう
 と、満身の力で呼んだ。
「待たッしゃれ!」
 つづいて投げた言葉にも、圧するような力があった。声圧というか、声縛というか、そのまま振りほどいて行かれない力がある。武蔵は、足に釘を打たれたように振り向いた。
? ・・・
 らんらんと光る眼が、じっと、沢庵の影とお通のほうを見ていた。猜疑にみち、殺気にみち、殺気に燃えている眼である。
「・・・・・・」(吉川英治宮本武蔵』地の巻/縛り笛)

 すべてお見通しの沢庵が、潜伏中の武蔵を巧まずにおびき出すシーンであるが、お通さんが無駄に驚いたため武蔵が逃げてしまった。それで沢庵もあわてて「タケゾー、待て」と叫んだという、文章としては何の問題もない箇所である。
 しかるに上記傍線部分の、「武蔵?」を読者はどう理解すればいいのか。
 山田風太郎ふうに言えば、沢庵は傍らにうずくまる武蔵にとっくに気付いていたのである。(ああ、それなのに)突然飛び出した男の影に「武蔵か?」は無いだろう、というところであろうか。(掲載回を跨いでいることも似通っている。)

 しかしこの場合は、「?」はてなマークの意味付けによる。現代文の「?」で解釈すると、この一連の吉川英治の文章は無用の誤解を生む。沢庵の呼びかけに応える武蔵の「?・・・」も意味不明になる。
 この「?」は(疑問文としての)疑問符ではなかろう。ここでは悩める武蔵の、単なる心の表象と見るべきであろう。
 沢庵は「タケゾー!」と呼びかけたのであるが、それを吉川英治
「――武蔵たけぞう?」
 と書いた。たしかに「――武蔵」とだけ書いたのでは、声の大きさを表現できない(と吉川英治は考えた)。
 そしてその呼びかけに対する武蔵の躊躇の無言を
「・・・」でなく「?・・・」
 と書いた。いずれも「?」は武蔵の心の裡にある。現代文ではカットしていいところであろう。読み手はそこに大して意味付けをする必要はないのである。

 前項の文章もまた、「?」を取って読んで差し支えない。
「おばさん」「おおタケゾーさんじゃないか」・・・武蔵は怪しんで女を見守る。女はお甲であった。
 この場合、武蔵が怪しんだのは、その直前の文章たる「自分の幼名を呼ぶのはお杉婆以外に云々」のくだりだけを指すのではなく、賊の女として自分に跳びかかってきたお甲の一連の行為全体を指すと見た方が、分かりやすい。襲って来たので組み敷いた。その女が自分の幼名を呼んだ。それを含めて(お杉婆への連想も含めて)、お甲への道筋を「怪しんだ」のである。

 これは漱石にも通ずる話である。ある言葉が必ずしも直前の語句を形容しない、指示しない、意味しない、説明しない。あるいは形容・指示・意味・説明するにとどまらない。文章の構えが大きいのである。

 この大きさを通俗と見て嫌う文学愛好家がいる。漱石も一部では永く通俗と見られていた。太宰治漱石(全集)を「俗中の俗」と(鷗外と比して)言ったことがあるが、俗なのは漱石の作品でなく、やたら全集が売れるという現象の方であろう。であれば今や漱石太宰治は俗の双璧ということになる。漱石にとってはどうでもいいことだろうが。
 漱石吉川英治を並べて論ずる者はそうはいまいが、「国民作家」という立派な共通点がある。この称号にふさわしい作家は、あと一人、長谷川町子が挙げられようか。似たところが一つもなくて構わないのである。