明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」番外篇続

山田風太郎の「あげあしとり」(2)――風太郎の勘違い(再掲)


 もう一度山田風太郎の指摘する箇所を、「吉川英治全集」(講談社昭和43年初版)から直接引いてみる。山田風太郎が引用した部分は重ねてボールドで示す。
 なお、前項で紹介した山田風太郎の「あげあしとり」の中で彼が引用した「宮本武蔵」の出典が不明であるが、ふつう考えられる上記全集版ではなく、朝日新聞連載直後に出された(昭和11年の)講談社の単行本(初版本)を、山田風太郎自身が新カナに直し、かつ煩雑を避けるため連載回の小見出しを省略したのではないかと、論者は推測する。
 ここでは上記全集版を使用するが、セリフの鍵括弧は「あげあしとり」同様、一般的なものに改めた。(深い意味はないのであろうが、吉川英治の本の鍵括弧は(「 」でなく)『 』で示されている。)

「畜生、畜生」
 と、必死になって、手当り次第に、物を取っては、武蔵へ向って投げつけて来るのは、賊の妻らしい女であった。
 武蔵は、すぐその女を組み敷いた。――女は組み敷かれながらもまだ、髪の笄を逆手に抜いて、
「畜生」
 と、突きかけていたが、その手を、武蔵の足に踏まれてしまうと、
「――お前さん、どうしたのさ! 意気地のない、こんな若僧に」
 と、歯がみをしながら、もう気を失っている賊の良人を、無念そうに、叱咤していた。
「・・・あっ?」
 武蔵は、その時、思わず身を離した。女は男以上に勇敢だった。刎ね起きざま、良人の捨てた短刀を拾って、再び、武蔵へ斬りつけて来たが、
「・・・お、おばさん?」
武蔵が、意外な言葉を与えたので、賊の妻も、
「――えっ?」
 息をひいて、喘ぎながら相手の顔をしげしげと――
「あっ、おまえは?・・・。オオ武蔵たけぞうさんじゃないか」

   

今もまだ、幼名の武蔵を、そのまま、自分へ呼ぶ者は、本位田又八の母お杉ばばを措いて、誰があろう?
怪しみながら、武蔵は、そう馴々しく自分を呼んだ賊の妻を見まもった。
「まあ、たけさん、いいお武家におなりだねえ」
⑤さもさも懐しそうな女のことばだった。それは、伊吹山よもぎ造り――後には娘の朱実を囮に、京都で遊び茶屋をしていた、の後家のお甲であった
「どうして、こんな所に居るのですか」
「・・・それを訊かれると恥ずかしいが」
「では、そこに仆れているのは・・・あなたの良人か」
「おまえも知っておいでだろう。元、吉岡の道場にいた、祇園藤次の成れの果てですよ」
「あっ、では吉岡の祇園藤次が・・・」
 唖然としたまま、武蔵は、後のことばも出なかった。(吉川英治宮本武蔵』空の巻/虫焚き)

 武蔵はよく驚く(武蔵以外の人物もよく驚くが)。田舎者で若いからだろうか。漱石の若い主人公で田舎者といえば三四郎だけであるが、三四郎だけが驚く男である。あとの漱石の男は驚かない。「驚くうちは楽(たのしみ)がある」と『虞美人草』の甲野さんは訳の分からないことを言っているが、甲野さんの態度が則天去私の行き方であろう。甲野さんは驚かない。吉川英治の登場人物がよく驚くのは、作者が善人で楽天家だからであろう。ある意味で吉川英治は稀有な資質を備えた作家であるといえる。
 変人で世の中を否定的に見る漱石は、則天去私に自らの生き方を見出した。なぜなら則天去私という言葉に従って生きれば、自分で自分の物の見方を疑う必要がないからである。自ら楽天家になれないタイプの人間は、(他動的な)求道へ傾く。その道を何と呼ぶか、本に書いてあるか自分で造語するか、誰かに教えてもらうか自分で思いつくかは関係ない。則天去私が則私去天であっても、本人にとっては同じことである。

 それはさておき、山田風太郎の指摘に従ってこの太字のくだりを整理すると、

「虫焚き」第2回末尾
①武蔵は女がお甲であることに気付いて驚き「お、おばさん?」と言った。
②女はそれを受けて「そう言うお前はタケゾーさんか」と言った。

「虫焚き」第3回冒頭
③自分を幼名で呼ぶ(年増の)女は(お杉婆以外に)誰かいるだろうか。武蔵は訝った。
④「怪しみながら、武蔵は、そう馴々しく自分を呼んだ賊の妻を見まもった。」
(ひきつづき)
⑤女の名はお甲であった。

 つまり山田風太郎は妥当にも、①②で武蔵-お甲の配置が確定したにもかかわらず、③④で武蔵が改めて後家のお甲の古名を、導き出そうとしているのは矛盾していると言ったのである。
 山田風太郎はその①②と③④のギャップの理由を、疲れて一眠りしたためと「推理」したのであるが、全集本を参照してくどさを厭わなければ、それは新聞連載の継ぎ目なのであるから、漱石ではないが、1回分書き終えてホッとひと休みした、と書いてもよかったところであろう。

 山田風太郎が全集本を所持し読んでいたことは間違いない。山田風太郎は「宮本武蔵」を熟読ではないにせよ3回読んでいると言っているし(柴錬は4回読んだという)、30年経って問題の箇所が訂正されているかどうか、必ず確認している筈だからである。各種の文庫本も、昭和40年代であれば、まだ市場に出ていない。山田風太郎が当時における確定版たる全集を直接引かなかった理由は分からないが、初版本に愛着があったのと、全集版を典拠にすると初版や初出との異同を云々しなければならないのを鬱陶しがったのであろうか。(考えにくいことではあるが、全集版で作者が「解りにくく筆を入れた」可能性も、絶無とは言えないのである。)

 しかしそれはともかく、本当にここは吉川英治の瑕疵だろうか。
 ①から④までの中で、吉川英治が実際には書いていないことがひとつだけある。山田風太郎の判断・推測に拠るところであるが、それは①の傍線部分の、武蔵が女がお甲であると気付いたという箇所である。たしかに武蔵は「おばさん」とは言ったものの、女がお甲であると即座に認識したとは書いていない。武蔵が最初からお甲の名が脳に映っているのでないとすれば、そのあとの記述は特におかしなところはないことになる。
 では吉川英治の文章に寄り添って解釈すると、

「虫焚き」第2回末尾
①武蔵はとびかかって来た女を見て、(それが知った顔だったので)驚いた。咄嗟には名前は浮かんで来ない。それでもかろうじて「お、おばさん?」という言葉が口から出た。
②その言葉に女もまた驚いて、武蔵の顔をじっくり見た。「おお、タケゾーさんじゃないか」

「虫焚き」第3回冒頭
 ③武蔵は考える。・・・自分を幼名で呼ぶ者は誰か。まずお杉婆の名が頭をよぎるが、又八の母お杉婆は仇の武蔵をタケゾーさんとは言わない。では誰がいるだろうか。やはりこの顔はお甲か。又八の色にして義母の、あのバケモノ後家のお甲か・・・。
④「怪しみながら、武蔵は、そう馴々しく自分を呼んだ賊の妻を見まもった。」
⑤「まあ、タケさん、いいお武家におなりだねえ」・・・女はお甲であった。武蔵は訝しく思いながらも、自分の置かれた情況は腑に落ちた。

 お甲は実際久しぶりに登場したのである。読者は賊がお甲とその(新しい)亭主であったことを知らない。武蔵は読者とともに驚いたのである。そして連載回の変り目を挟んで、作者の筆は微妙に武蔵を脱出しているようである(またすぐ戻るにせよ)。それがまた、山田風太郎には「失念」と映ったのであろうか。彼が小見出しを省略した理由も何となく分かる。議論が果てしなく拡散してしまうからである。

 結論として、ここは、
・お甲の正式な(再)登場は(「虫焚き」)第2回末尾でなく第3回冒頭である。
・そのためにこそ第2回と第3回のインターバルがある。

 つまり「失念」でなく「(小さな)リセット」であろう。これだとファンも吉川英治も納得するはずである。山田風太郎も納得しないだろうか。