明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」野分篇 10

345.『野分』主人公は誰か(2)――御政のアリア


 漱石は御政という道也の細君を描くときに、「こっち」という言葉を2度使用した。その最初の使用例は、本ブログ第5項で、『野分』という小説が風と共にあるということを述べたとき引用した、道也夫婦の描写部分に見られる。

 道也先生長い顔を長くして煤竹で囲った丸火桶を擁している。外を木枯が吹いて行く。
「あなた」と②次の間から妻君が出てくる。③紬の羽織の襟が折れていない
「何だ」と④こっちを向く。⑤机の前に居りながら、終日木枯に吹き曝されたかの如くに見える
「本は売れたのですか」
「まだ売れないよ」(『野分』第10章冒頭再掲)

 漱石のペンが時折細君に寄り添うのは、『野分』という小説が(『虞美人草』と同じく)そういう描き方の小説である以上、他がとやかく言うことでない。道也先生、高柳君、中野君、細君御政。漱石のつもりでは(西洋の小説のように)登場人物を均等に描写しようとしているのだろう。(驚ろくべきことに漱石は『明暗』でさえ西洋の小説と同じ描き方をしていると信じていた。)
 しかるに④の「こっちを向く」という言い方はどうだろうか。漱石はこのとき細君と一体化している。もちろん一体化していいのだが、その前の②で、細君は隣室から道也のいる部屋の方へ「出てきて」いる。つまり②の前に細君はいない。少なくとも①の文章は細君の世界の外にある。そして①から②にかけて道也と共にいた漱石は、③の細君の羽織の襟の描写に続いて、道也のセリフ(「何だ」)と動作(顔を向ける)を叙述するのに、いきなり「こっち」(④)という表現を採用する。「こっち」とはどう考えても細君のことであろう。道也から細君への瞬間移動。すると⑤の道也の風体(木枯らし)に対する論述は誰のものか。「見える」の主体は細君か漱石か。どちらとも取れるように漱石はわざと書いているのか。

 なぜこんな書き方になるのか。何か魂胆があるのだろうか。
 漱石はもう一度、小説の末尾近くで、これと同じ書き方をしている。

「所がですて、此金の性質がですて――只利子を生ませる目的でないものですから――実は年末には是非入用だがと念を押して御兄さんに伺った位なのです。所が御兄さんが、いやそりゃ大丈夫、ほかのものなら知らないが、弟に限って決して、そんな不都合はない。受合う。と仰しゃるものですから、夫で私も安心して御用立て申したので――今になって御違約では甚だ迷惑します」
 道也先生は黙然としている。鈍栗は烟草をすぱすぱ呑む。
「先生」と高柳君が突然横合から口を出した。
「ええ」と道也先生は、⑥こっちを向く。別段赤面した様子も見えない。赤面する位なら用談中と云って面会を謝絶する筈である。
「御話し中甚だ失礼ですが。一寸伺っても、よう御座いましょうか」
「ええいいです。何ですか」(『野分』第12章)

 登場人物(セリフを言う者)は道也先生と鈍栗(金貸)と高柳君の3人である。漱石は道也が高柳君の方へ向き直るのを、⑥「こっちを向く」と書く。3人はここでも平等ではなかった。

・第10章冒頭の④「こっちを向く」は「細君の方を向く」
・第12章の⑥「こっちを向く」は「高柳君の方を向く」

 細君は高柳君と「同格」なのだろうか。してみると第10章は細君の章なのか。道也の原稿がまだ売れないという、その第10章冒頭文の続き。

「でも夫じゃ、うちの方が困りますわ。此間御兄さんに判を押して借りて頂いた御金ももう期限が切れるんですから」
「おれも其方を埋める積で居たんだが――売れないから仕方がない」
「馬鹿馬鹿しいのね。何の為めに骨を折ったんだか、分りゃしない」
 ⑦道也先生は火桶のなかの炭団を火箸の先で突付きながら「御前から見れば馬鹿馬鹿しいのさ」と云った。⑧妻君はだまって仕舞う。ひゅうひゅうと木枯が吹く。玄関の障子の破れが紙鳶のうなりの様に鳴る。
「あなた、何時迄こうして入らっしゃるの」と⑨細君は術なげに聞いた。(『野分』第10章再掲)

 夫婦のやり取りはさらに続く。夫婦は道也の兄の保証で借金をしていたのであった。

「⑩御前は兄の云う事をそう信用しているのか
「⑪信用したっていいじゃありませんか、御兄さんですもの、そうして、あんなに立派にして入らっしゃるんですもの」
「そうか」と云ったなり⑫道也先生は火鉢の灰を丁寧に掻きならす。中から二寸釘が灰だらけになって出る。道也先生は、曲った真鍮の火箸で二寸釘をつまみながら、片手に障子をあけて、ほいと庭先へ抛り出した
 庭には何もない。芭蕉がずたずたに切れて、茶色ながら立往生をして居る。地面は皮が剥けて、蓆を捲きかけた様に反っくり返っている。道也先生は庭の面を眺めながら
「⑬随分吹いてるな」と独語の様に云った。(『野分』第10章再掲)

 ⑩⑪はいかにも漱石らしい身勝手さが却って微笑ましい。これはむしろ言うとすれば兄夫婦が道也に対して言うセリフであろう。信用されないかも知れないのは、借りた金を返せそうにない道也の方である。漱石は自分が間違っていることを火のように懼れたが、金や物の貸し借りは漱石にとって正邪の外にあったらしい。
 坊っちゃんは清に貰った金を(わざと)借りたと言い張った。借りたからには返さなければならない。借りた金は返すのが筋であるが、坊っちゃんは返さなかった。返したくても(死んだから)返せないというのが坊っちゃんの言い分である。しかし理屈を言うようだが、坊っちゃんは清がいなければ清の係累に返せば済むわけである。坊っちゃんはそうはしない。まさか自分が清の相続人と思っていたわけでもないだろうが、このとき坊っちゃんに倫理上の負い目がこれっぽっちも無かったことは疑いを入れない。漱石の主張はただ1つ。返したいのに返せないのは自分のせいではないということに尽きる。無鉄砲は親の血のせいである。自分の責任ではないというのである。漱石がどこかの家に留守番だかで長期に泊り込んだときの火鉢事件、図書館の本の行方不明事件、それから漱石は後年ヘクトーを放し飼いにして、ヘクトーが通行人に嚙みついて警察沙汰になったとき、犬に不審を抱かせた方が悪いと開き直ったことがある。潔癖な漱石の奇妙な倫理観に現代の読者はとまどうが、それはまあ勘ぐってみれば、他から金を得ることを漱石が異常に懼れたということに行き着くのかも知れない。なぜそうなるかは軽々には言えないが。

 そしてここから細君の涙の告発が始まる。

 思う事積んでは崩す炭火かなと云う句があるが、細君は恐らく知るまい。⑭細君は道也先生の丸火桶の前へ来て、火桶の中を、丸るく掻きならしている。丸い火桶だから丸く掻きならす。角な火桶なら角に掻きならすだろう。女は与えられたものを正しいものと考える。其なかで差し当りのない様に暮らすのを至善と心得ている。女は六角の火桶を与えられても、八角の火鉢を与えられても、六角に又八角に灰を掻きならす。それより以上の見識は持たぬ。
 立っても居らぬ、坐っても居らぬ、細君の腰は宙に浮いて、膝頭は火桶の縁につき付けられている。坐わるには所を得ない、立っては考えられない。細君の姿勢は中途半把で、細君の心も中途半把である。
 考えると嫁に来たのは間違っている。娘のうちの方が、いくら気楽で面白かったか知れぬ。人の女房はこんなものと、誰か教えてくれたら、来ぬ前によす筈であった。親でさえ、あれ程に親切を尽してくれたのだから、二世の契りと掟にさえ出ている夫は、二重にも三重にも可愛がってくれるだろう、又可愛がって下さるよと受合われて、住み馴れた家を今日限りと出た。今日限りと出た家へ二度とは帰られない。帰ろうと思ってもおとっさんもお母(っか)さんも亡くなって仕舞った。可愛がられる目的(あて)ははずれて、可愛がってくれる人はもう此世に居ない。
 細君は赤い炭団の、灰の皮を剥いて、火箸の先で突つき始めた。炭火なら崩しても積む事が出来る。突付いた炭団は壊れたぎり、丸い元の姿には帰らぬ。細君は此理を心得て居るだろうか。しきりに突付いている
 今から考えて見ると嫁に来た時の覚悟が間違って居る。自分が嫁に来たのは自分の為めに来たのである。夫の為めと云う考はすこしも持たなかった。吾が身が幸福になりたい許りに祝言の盃もした。父、母も其積で高砂を聴いていたに違ない。思う事はみんなはずれた。此頃の模様を父、母に話したら定めし道也はけしからぬと怒るであろう。自分も腹の中では怒っている。
 道也は夫の世話をするのが女房の役だと済ましているらしい。それは⑰こっちで云い度事である。女は弱いもの、年の足らぬもの、従って夫の世話を受くべきものである。夫を世話する以上に、夫から世話されるべきものである。だから夫に自分の云う通りになれと云う。夫は決して聞き入れた事がない。家庭の生涯は寧ろ女房の生涯である。道也は夫の生涯と心得ているらしい。それだから治まらない。世間の夫は皆道也の様なものかしらん。みんな道也の様だとすれば、この先結婚をする女は段々減るだろう。減らない所で見るとほかの旦那様は旦那様らしくして居るに違ない。広い世界に自分一人がこんな思をしているかと気がつくと生涯の不幸である。どうせ嫁に来たからには出る訳には行かぬ。然し連れ添う夫がこんなでは、臨終迄本当の妻と云う心持ちが起らぬ。是はどうかせねばならぬ。⑱どうにかして夫を自分の考え通りの夫にしなくては生きて居る甲斐がない。――⑲細君はこう思案しながら、火鉢をいじくって居る。風が枯芭蕉を吹き倒す程鳴る。(『野分』第10章)

 道也の細君の訴えは、まるで一葉を思わせるかきくどきである。その前に、この夫婦は同じことをしている(『明暗』の津田とお延のように)。道也の仕草①⑦⑫と対をなすのが細君の⑭⑮⑯そして総括の⑲である。漱石としては珍しい、粘りの強い、いっそしつこいくらいの描写であろう。木枯らしと共に書かれた『野分』はまた、火鉢(火桶)の中の真っ赤になった炭団と共にあった。そして⑱の夫を自分用に変えようという最後のくだりもまた、その後の漱石作品の多くの細君群像を跳び越えて、早くも『明暗』のお延に迫る主人公的性格を内包している。
 それもこれも「こっち」という漱石特有の言い回しがなせる技であろうか。その細君にとっての2番目の用例たる⑰の「こっち」は、この引用文全体を細君の独白(セリフ)と見れば、とくに傍証として挙げるに至らないとも言えるが、細君の口説きはやはり通常のセリフとは一線を劃すものだろう。道也の細君は(苦沙弥の細君のような)単なる主人公の細君にとどまらず、(『道草』の御住のように)女主人公の素質も充分兼ね備えているのであった。

 ところで⑧の「妻君」と⑨の「細君」の混在に読者は戸惑うが、別に漱石は意図的に書き分けたものでもないと思われる。道也の細君に中野君の美形らしい結婚相手。漱石は筆の勢いで細君と書き、また妻君と書く。思うに漱石の当て字や送り仮名の不揃いは、漱石は先ず音で(喋るように)文章を創るので、正しい音(発声)が極まれば、あとはそれがどう書かれても(読者にどう読まれても)、漱石自身にとっては大した問題ではないのであろう。「許」「許り」「ばかり」どちらでもいいのであった。
 要するに漱石は曲を創るように小説を書いたとも言えるだろう。サンマという音が担保されれば、あとは三馬と書くかさんまと書くかは、二の次である。あるいは漱石は画を描くように小説を書いた。狙った効果が得られるなら、指で描こうが踵で描こうが構わないのであった。
 ルビについても同じである。以前にも述べたことがあるが、漱石は読者のためにルビを振ることはなかった。間違った活字を拾われないため。目的はそれだけである。漱石がもし(昭和の時代まで生きて)自分でワープロを使って小説原稿を書いたとしたら、断言してよいがルビは皆無に近くなる筈である。といって漱石は総ルビの新聞小説を否定するものではなかったから、早い話がどうでもいいのであった。
「はじめに音ありき」と漱石自身も(林原耕三に)語っている。(本ブログ心篇第13項)

 その意味で音が間違っていれば、それは漱石の書き誤りであると言える。⑬の原稿版「存分吹いてるな」を、「随分吹いてるな」と修正して引用したのも、くどいようだがその確信に基づいてのことである。
「存」という字と「隋」という字を書き間違えることは、普通はないと思われる。しかし『門』の宗助のように、「近江」の「近」の字(の正しい形)が、何かの拍子で分からなくなることも、人間にはあるのである。