明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」草枕篇 4

300.『草枕』降臨する神々(4)――『趣味の遺伝』とマクベス


 とは言っても、『趣味の遺伝』の書き足りない部分というのは、やはり気になる。創作の意図は(余計なお世話だから)問わないにしても、漱石があの物語の結構をどのように考えていたかは、探ってみる必要があるのではないか。

「先生今日は大分俳句が出来ますね」
「今日に限った事じゃない。いつでも腹の中で出来てるのさ。僕の俳句に於ける造詣と云ったら、故子規子も舌を捲いて驚ろいた位のものさ」
「先生、子規さんとは御つき合でしたか」と正直な東風君は真率な質問をかける。
「なにつき合わなくっても始終無線電信で肝胆相照らして居たもんだ」と無茶苦茶を云うので東風先生あきれて黙って仕舞った。寒月君は笑いながら又進行する。・・・(『猫』11篇)

 この苦沙弥先生の言う「無線電信」(テレパシー)が、『趣味の遺伝』の中に在るか否か。漱石はどちらとも読めるように書いている(あるいは書いていない)が、もし『趣味の遺伝』が半年前の『琴のそら音』の続篇のつもりで書かれたのであれば、スピリチュアルの話が半分混じっていると思っていた方が無難であろう。
 と言って令嬢が寂光院にお参りするのも、白菊の花を供えるのも、すべてが(浩さん乃至は先代の)霊魂の仕業であるならば、令嬢と浩さんの母親との交流は、冗談抜きにこの上なく不気味なものになるだろう。語り手の心配すべきは母親の寂寞よりも母親の身の安全である。
 そこまで行かなくても、作品のテーマはオカルトでなく遺伝なのであるから、浩さんの「一目惚れ」を以って『趣味の遺伝』はひとまずは成立している。
 令嬢の行為を応諾と見れば、それが遺伝によるものか女性らしい受容性によるものかは、さして問題になるまい。しかし令嬢がある日突然、浩さんに関係なく、何物かに扑たれたように寂光院へ足を向け始めたとしたら、――前記のように物語は遺伝の効用を踏み越えて怪談の世界へも迷い込もう。

 魂魄が互いに感応し合うという『趣味の遺伝』の世界は、願望としてはあっておかしくない。河上浩一の女性の好みが祖父河上才三と似ていたとして不思議でない。小野田の令嬢が結果として浩一に添うことが出来なかったのも、先代の運命を忠実になぞっていると捉えれば、憐れにも涙を誘う。遺伝の考え方が男系に偏っているのも、明治の御代であれば致し方なかろう。(河上才三との愛を実らせることなく紀州藩国家老の家に嫁いだのは、令嬢の大叔母にあたる人物であるが、小野田の令嬢はその大叔母の血を直接引く者ではなくて、小野田本家の人間である。そしていずれは他家へ嫁いでしまう女である――大叔母のように。)

 物語では河上の母から小野田家へ交際の申し入れをしたときに、令嬢はそれを黙って受け容れているように書かれる。自分が河上浩一に見染められたとして、その遺族からの突然の申し出を、当然のように(運命のように、あるいは待ち構えていたように)思ったというのであれば、その理由は書かれるべきではなかったか。
 漱石はこの驚きを書かなかった。時間がなくて書かなかったと弁解しているが、そうでもなかったことは後の漱石を知る読者にとっては自明である。漱石の女はめったなことでは驚かないのである。女が驚かないのはいいとして、問題はやはりこの場合は(漱石の言う通り)、なぜ女が黙って現実に従ったかということを、「書かなかった」ことにあるだろう。
 その理由らしきものに、漱石はちょっとだけ触れてはいる。

 老人と面会をした後には事件の順序として小野田と云う工学博士に逢わなければならん。是は困難な事でもない。例の同僚からの紹介を持って行ったら快よく談話をしてくれた。二三度訪問するうちに、何かの機会で博士の妹に逢わせてもらった。妹は余の推量に違わず例の寂光院であった。妹に逢った時顔でも赤らめるかと思ったら存外淡泊で毫も平生と異なる様子のなかったのは聊か妙な感じがした。・・・(『趣味の遺伝』3章)

 令嬢の反応については、後の作品にもそれを想起させるものがある。

 ・・・それから手を鳴らして、停留所に松本を待ち合わせていた方の姉娘を呼んで、是が私の娘だとわざわざ紹介した。そうして此方は市さんの御友達だよと云って敬太郎を娘に教えていた。娘は何で斯ういう人に引き合されるのか、一寸解しかねた風をしながら、極めて余所余所しく叮嚀な挨拶をした。敬太郎が千代子という名を覚えたのは其時の事であった。(『彼岸過迄/雨の降る日』1回)

 小野田の令嬢は漱石の驚かない女の始祖であった。このときの令嬢の、やや不可解とも思える反応は、直接的な描写としては、後年『彼岸過迄』の千代子の身に復活した。千代子が初対面の敬太郎の前で顔を赫らめることがなかったのは、千代子の性格のためには正確な描写と言えようが、それでも不自然という感は拭えない。(適齢期で市蔵を密かに愛している千代子にとって、市蔵の友人はただの行きずりの人ではありえない筈である。)
 それが漱石らしいと言えばそれまでであるが、思うに小野田の令嬢は兄の工学博士によって、千代子は父親の田口要作によって、それぞれ儀礼的ではあるが(若い)男性に初対面の紹介をされている。これが母親とか伯母とかの、女の係累によって紹介されていたら、少しは違った反応になったのではないか。漱石のヒロインの初登場には(同性の)庇護者が附着していると、かつて論じたことがあるが、男の庇護者が付いている場合は、ヒロインはヒロインの顔をまだよう見せないのであろう。余計な話であるが。

 ところで言うまでもないが、漱石は小野田の令嬢を(美禰子や)千代子の先駆者として描いたわけではない。墓場の化銀杏の下に佇む美人を、ある種の恐怖の対象としても捉えている。それは先に述べた霊に支配される女の(生の根源的な)怖さとはまた別の、文芸上のテクニックにおける古典的な恐怖心の生成である。漱石新聞小説を書くようになってから、読者を怖がらせたりする「対照の妙」を書かなくなったが、『虞美人草』『坑夫』で(作品として)失敗したあと、『三四郎』で新生する前に、開き直って一度だけこの技を披露した。『夢十夜』である。漱石は『三四郎』で始めて己のタブローにサインしたと以前に述べたが、『夢十夜』を書くことによって、それまでの自分と訣別したとも言える。その意味で『三四郎』と『夢十夜』はセットで読むべきかも知れない。

 その恐怖心のからくりであるが、漱石は『趣味の遺伝』の中で、マクベスの有名な門番のシーンを引き合いに、かなり詳しく述べている。その始めの部分を少し引用してみる。

 ・・・読者は沙翁の悲劇マクベスを知って居るだろう。マクベス夫婦が共謀して主君のダンカンを寝室の中で殺す。殺して仕舞うや否や門の戸を続け様に敲くものがある。すると門番が敲くは敲くはと云いながら出て来て酔漢の管を捲く様なたわいもない事を呂律の廻らぬ調子で述べ立てる。是が対照だ。対照も対照も一通りの対照ではない。人殺しの傍で都々逸を歌う位の対照だ。・・・(『趣味の遺伝』2章)

 門番が「敲くは敲くは」と云いながら出て来て、という箇所は、マクベス本体を読まないと分かりにくいが、城門の外からドンドンと叩く音(効果音)に対して、

(門番のセリフ) Knock, knock, knock! Who's there, ……

 というものである。シェイクスピアはこの一文をもう3べん繰り返している。逍遥訳では、「叩く、叩く、叩く!どなたです?……」となっている。今風に言えば、「(自分なり相方なりの頭を叩きながら)コンコンコン、もしもーし、誰かいますか?」というような仕草でもあろう。ただの滑稽であるが、その裏で繰り広げられた悲劇が恐すぎるということであろう。