明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 30

286.『坊っちゃん』1日1回(8)――赤シャツと漱石完全一致


第8章 赤シャツ (全4回)
(明治38年10月10日火曜~10月13日金曜)

1回 赤シャツと山嵐
(10月10日火曜~10月13日金曜)
(P340-3/赤シャツに勧められて釣に)
いいえ僕はあっちへは行かない湯に入ってすぐ帰った~赤シャツは嘘つきだ~机の上に置いたままの1銭5厘~山嵐とはまだ仲直り出来ないのに赤シャツとは交際する

2回 赤シャツの家で昇給話を聞く
(10月13日金曜)
(P326-4/赤シャツに逢って用事を)
赤シャツの家に呼ばれて行く~赤シャツの家には弟がいる~増給の話~うらなりの転勤話~数学主任のほのめかし~君俳句をやりますか

3回 萩野の婆さん再び
(10月13日金曜)
(P345-13/所へ不相変婆さんが夕食を)
うらなりの転勤は赤シャツと校長の陰謀~誰が上がってやるもんか~先生は月給が御上りるのかなもし

 坊っちゃんはうらなりの転勤が赤シャツと校長の策謀によるものだと気付き、怒りでとりあえず萩野の婆さんを怒鳴りつける。芋責めの食事に対する不満が爆発したのか。

「年寄の癖に余計な世話を焼かなくってもいい。おれの月給は上がろうと下がろうとおれの月給だ」

 婆さんは怒りもせず黙って引っ込む。言い返さないので坊っちゃんは年寄りが好きなのかも知れない。
 しかし坊っちゃんはもう一度萩野の婆さんを怒鳴りつけている。11章で騒乱事件の首謀者として新聞に載ってしまったとき、

「婆さんに鏡をかせと云ったら、けさの新聞を御見たかなもしと聞く。読んで後架へ棄てて来た。欲しけりゃ拾って来いと云ったら、驚いて引き下がった」(11章1回)

 これもやはり丁寧に裏を返したものであると言える。本来坊っちゃんが婆さんを極めつける謂われはないのである。骨董責めに次いでの芋責めに辟易していたとはいえ、坊っちゃんは甘えられる相手には甘えているのであろう。野だにえらそうな口を聞くのも半分は甘えているのである。

4回 増給を断る奴が世の中にたった一人飛び出して来た
(10月13日金曜)
(P349-5/小倉の袴をつけて又出掛けた)
赤シャツの家にまた行く~野だが来ている~赤シャツの顔は金時のようだ~増給を断る~赤シャツの御談義ふたたび

 しばらくすると、赤シャツがランプを持って玄関迄出て来て、まあ上がり給え、外の人じゃない吉川君だ、と云うから、いえ、此所で沢山です。一寸話せばいいんです、と云って、赤シャツの顔を見ると金時の様だ。野だ公と一杯飲んでると見える。

 赤シャツは漱石同様酒に弱い。このときの坊っちゃんとのやり取りを見ていると、酔っているようには思えない。少しの酒で真っ赤になるところは苦沙弥先生そっくりである。

「苦沙弥先生元来酒は飲めないのだよ。所を人の味淋だと思って一生懸命に飲んだものだから、さあ大変、顔中真赤にはれ上ってね。いやもう二目とは見られない有様さ」
「黙って居ろ。羅甸語も読めない癖に」
「ハハハハハ、夫で藤さんが帰って来てビールの徳利をふって見ると、半分以上足りない。何でも誰か飲んだに相違ないと云うので見廻わして見ると、大将隅の方に朱泥を練りかためた人形の様にかたくなって居らあね……」(『猫』第11篇)

 苦沙弥が書生の頃、自炊仲間の鈴木藤十郎君の味醂を盗飲した事件は、何度読んでも笑えるヨタ話(実話かも知れない)であるが、こういう書き方は繰り返しの効果とは真逆の、一生に1回だけの話法である。1回こっきりのギャグ。1度しか使われない比喩。それもまた漱石の小説の楽しさである。

 ところでこの章の中で、坊っちゃんは赤シャツの家へ(続けて)2度行っている。坊っちゃんはうらなりの家にも2回行ったことになっている。1回は(意外にも)挨拶に、もう1回は下宿探しに困って。赤シャツの家は立派な玄関付きで家賃9円50銭、弟と同居している。うらなりの家は士族屋敷で(去年父親が死んだので)母親と2人暮し。坊っちゃんの出かけた先はいずれも丁寧に紹介されている。他には坊っちゃんの出かけた家はない。
 山嵐は住み家さえ知らされないが、山嵐坊っちゃんの(萩野の)下宿を2度訪れている。それは次の第9章、第10章の話になるが、その見方からすると、山嵐は小説の中で(坊っちゃんがらみで)いか銀を2度訪れていることになっている。1回は坊っちゃんを同伴して、2回目はいか銀の(坊っちゃんが乱暴で困るという)クレームの確認に。山嵐はそのため職員会議の朝遅刻したとも書かれる。いか銀の2回目が坊っちゃんの出勤後であるから該当しないとすれば、山嵐は先に山城屋に坊っちゃんの寝込みを急襲しているから、それがカウントされよう。その1回の足りない部分だかハミ出した部分だかは、野だが坊っちゃんの出た後にいか銀に入り込むという、小説の流れとしては不自然極まる展開に流用された。漱石にしてみれば、ちゃんと理由があってのことだったかも知れない。

 坊っちゃんが2度ずつ訪れたうらなりと赤シャツの家。山嵐が2度ずつ訪れた坊っちゃんの宿。山嵐は1人で赤シャツとうらなりの分まで活躍していることになる。
 漱石はあらかじめ計算して『坊っちゃん』の筋立てを構築したわけではないだろうが、結果としてこのようなしっかりしたバランスで書かれてあると、外から見ても家の中に入っても、それは読者の安心感につながるのではないか。建築科(建築家)を志望したことがあるというエピソードは、こんなところにその痕跡をとどめているように見える。