明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」行人篇 13

180.『友達』(13)――沈黙する女たち(つづき)

 漱石の小説において男女が二人きりで会見するとき、例えば下女が笑うとそこに濡れ場は存在しない、と論者は前著(『明暗』に向かって)で述べたことがあるが、前項の三沢と「あの女」の(明らかにされない)会見に際して、看護婦が笑ったのは取り次いだ二郎に対してだけで、三沢は誰にも笑われずに「あの女」の病室に入って行った。これもまた笑われたうちに入るのだろうか。それともこれは新しい男女密会のパタンなのだろうか。表面的には三沢と女の間には艶っぽい雰囲気はなかったようであるが、一筋縄ではいかないのが『行人』であるからには、油断は決して出来ない。

 看護婦の笑いが、奇妙な成り行きの露払いのような役目を果たす箇所が、もう1ヶ所ある。
 体調が回復するにつれて、三沢の気持ちは「あの女」に惹かれていくようである。ではなぜ会いに行かないのだろう。二郎は訝るが同時に安心もする。二郎は最初に「あの女」を見染めたものは自分であると思いたいが、三沢の知った芸者と聞いて一歩退いた。それでも二郎は三沢と女の接近を、心の中では喜んでいないようである。このときの二郎の心はどうなっているのか。

A:自分こそ「あの女」を獲たい。彼女を三沢より自分に振り向かせたい。
B:三沢が自分より先に(つがいとして)仕上がるのは辛い。自分も恋人が欲しい。
C:三沢を独占したい。三沢を女の方へ向かわせたくない。
D:三沢を応援したい。三沢の恋の成就が第一であり、自分はとりあえずどうでもいい。

 二郎が求めるものは端的には、A:あの女、B:恋人(例えば美人の看護婦)、C:三沢、D:犠牲的な自己、ということになり、一見このABCDは独立しているもののように見えるが、二郎の中ではこの4つは交じり合って判別がつかない。まあ人間は誰でもそんなものだと言えなくもないが、これは「幻の最終作品」の隠されたテーマに繋がるものであり(表のテーマは「初恋の成就」である)、『心』で少しだけ試されかけて消えてしまった。その話はまた別の機会に述べるとして、漱石の書く恋愛譚が外見ほど単純でないのは、多くこのような各要素が錯綜した描き方がなされているためである。

 そんな二郎はいつの間にか、「あの女」の美しい看護婦と口を利くようになり、ある日彼女から碁石のような駒付きの『運勢早見』の本を借りてくる。以下は三沢の病室でのシーン。

 自分が眼を閉じて、石を一つ一つ畳の上に置いたとき、①看護婦は赤がいくつ黒がいくつと云いながら占いの文句を繰って呉れた。すると、「此恋若し成就する時は、大いに恥を掻く事あるべし」とあったので、彼女は読みながら吹き出し。三沢も笑った。
「おい気を付けなくっちゃ不可ないぜ」と云った。三沢は②其前から「あの女」の看護婦に自分が御辞儀をする所が変だと云って、始終自分に調戯っていたのである。
 ③「君こそ少し気をつけるが好い」と自分は三沢に竹箆返しを喰わして遣った。すると三沢は真面目な顔をして「なぜ」と反問して来た。此場合此強情な男にこれ以上いうと、事が面倒になるから自分は黙っていた。(『友達』26回)

 ①は前項(看護婦のセリフ問題)の再掲となるが、ここで笑う看護婦とは、②の記述からも三沢の(醜い)看護婦のことであろう。占い本の所有者は「あの女」の看護婦であるが、三沢の看護婦もその占いゲームに長けているような書きぶりである。「読みながら吹き出した」のも、取って付けたような書き方と言って過言ではない。恋愛に大恥が結びつくことはままあるとして、それを笑い飛ばすのは男でなければ美貌自慢の女の方であろう。醜い三沢の看護婦の決してとる仕草ではないような気がする。
 それはともかく、続く③はまるで分らない。とりあえず後続の文章を読んでみると、

 実際自分は三沢が「あの女」の室へ出入する気色のないのを不審に思っていたが一方では又彼の熱しやすい性質を考えて、今迄は兎に角、是から先彼が何時何う変返るかも知れないと心配した。彼は既に下の洗面所迄行って、朝毎に顔を洗う位の気力を回復していた。
「何うだもう好い加減に退院したら」
 自分は斯う勧めて見た。そうして万一金銭上の関係で退院を躊躇するようすが見えたら、彼が自宅から取り寄せる手間と時間を省くため、自分が思い切って一つ岡田に相談して見ようと迄思った。三沢は自分の云う事には何の返事も与えなかった。却って反対に「一体君はいつ大阪を立つ積だ」と聞いた。(同26回末尾)

 とくに疑問に対する答えのようなものは何も書かれない。三沢はこのときまったく恋愛とは懸け離れた次元にいたとでもいうのだろうか。
 回復したので退院を勧める二郎に対し、三沢は答える代わりに、二郎にいつまで大阪にいると訊ねる。
 質問への回答に代えて、別の質問を投げかけるのは、漱石の常套である。二郎は岡田からの謎かけ(1週間以内に驚かせることが……)に縛られているので動きが取れないところもあった。

「僕には左右いう事情があるんだから、もう少し此処に待っていなければならないのだ」と自分は大人しく三沢に答えた。すると三沢は多少残念そうな顔をした。
「じゃ一所に海辺へ行って静養する訳にも行かないな」
 ④三沢は変な男であった。此方(こっち)が大事がって遣る間は、向こうで何時でも跳ね返すし、此方が退こうとすると、急に又他(ひと)の袂を捕まえて放さないし、と云った風に気分の出入が著るしく眼に立った。彼と自分との交際は従来何時でも斯ういう消長を繰返しつつ今日に至ったのである。
「海岸へ一所に行く積りででもあったのか」と自分は念を押して見た。
「無いでもなかった」と彼は遠くの海岸を眼の中に思い浮かべるような風をして答えた。⑤此時の彼の眼には、実際「あの女」も「あの女」の看護婦もなく、ただ自分という友達がある丈のように見えた
 ⑥自分は其日快よく三沢に別れて宿へ帰った。然し帰り路に、その快よく別れる前の不愉快さも考えた。自分は彼に病院を出ろと勧めた、彼は自分に何時迄大阪にいるのだと尋ねた。上部にあらわれた言葉の遣り取りはただ是丈に過ぎなかった。然し三沢も自分も其処に変な苦い意味を味わった。(同27回)

 ⑤はどう読んでも(単なる友情について述べたのではなく)、同性への愛情表現であろう。それを前提とすれば(しなくても)、④は三沢があの有名な女と猫の譬えのままであることを示しており、そうであれば③と⑥の、とくに太字で示した部分の、まるで分からない書き方にも、一定の光は射してくる。
 それを時代時代の流行り言葉のような表現で片付けることは、ここではしないつもりである。例えば漱石のいつも書く神経症的な精神特性を、当時は神経衰弱と呼んだかも知れず、少し後の世ではノイローゼと名付けたかも知れず、また別の世では何とかと言うかも知れない。しかし今日神経衰弱だのノイローゼと言ったところで、何の意味もなさないように、今共通の理解を得られているように見える用語を安易に使用したところで、百年を超える命脈を保つ漱石文学には通用しまい。

 とまあ偉そうに言わなくても、この③と⑥の答はちゃんと漱石が書いている。上記27回の引用部分に続く文章を以下に示す。

 自分の「あの女」に対する興味は衰えたけれども自分は何うしても三沢と「あの女」とをそう懇意にしたくなかった。三沢は又、あの美しい看護婦を何うする了簡もない癖に、自分丈が段々彼女に近づいて行くのを見て、平気でいる訳には行かなかったのである。其処に自分達の心付かない暗闘があった。其処に持って生れた人間の我儘と嫉妬があった。其処に調和にも衝突にも発展し得ない、中心を欠いた興味があった。要するに其処には性の争いがあったのである。そうして両方共それを露骨に云う事が出来なかったのである。
 自分は歩きながら自分の卑怯を恥じた。同時に三沢の卑怯を悪んだ。けれども浅間しい人間である以上、是から先何年交際を重ねても、此卑怯を抜く事は到底出来ないんだという自覚があった。自分は其時非常に心細くなった。かつ悲しくなった
 自分は其明日病院へ行って三沢の顔を見るや否や、「もう退院は勧めない」と断った。自分は手を突いて彼の前に自分の罪を詫びる心持で斯う云ったのである。すると三沢は「いや僕もそう愚図愚図してはいられない。君の忠告に従って愈出る事にした」と答えた。彼は今朝院長から退院の許可を得た旨を話して、「あまり動くと悪いそうだから寝台で東京迄直行する事にした」と告げた。自分は其突然なのに驚いた。(同27回末尾)

 よけいに分からなくなったと言われそうであるが、要するに先に述べたA・B・C・Dがブレンドされていると見ていい。漱石はその「性の争い」を利己的で倫理性にも担保されないものと見做した。それは次の『心』で2人が自裁した真の理由となる。先生がもしKに先んじたとすれば、そのとき書かれた若い先生の遺書の通奏低音は、このようなものになったであろう。女が沈黙するその世界の裏側で、男たちはこんな争いをしていたのである。してみると『心』の悲劇の最大要因は、御嬢さんの罪作りな沈黙にあったと言うべきか。ここで論ずることではないかも知れないが。