明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 11

133.『停留所』一日一回(3)――9回~15回


9回 敬太郎の田口家訪問2回目

 前回(8回)の末尾に「是はずっと後になって、須永の口から敬太郎に知れた話であるが」という後日談が語られている。これも漱石の常套であるが、どのタイミングで振り返っているのか、またその時が来れば検証してみよう。

 敬太郎の田口再訪は、電話・書生・自動車・名刺という新しい小道具とともに語られる。時間を約したにもかかわらず、先客に粘られて田口は現れない。正直な敬太郎はまた勃(むっ)として踵を返した。正直で短気なのである。坊っちゃんである。そんな坊っちゃんの救いは須永の家で見た女である。敬太郎は女を田口の子女と(正しく)決めてかかっている。松山の坊っちゃん「僕は嫁が貰いたくって仕方がないんだ」(『坊っちゃん』7)と正直な告白をしている。短気でイライラする主人公には女性を配する。そうしないと人物が暴発して、物語の中で収拾がつかなくなるとでも言いたげである。

10回 敬太郎は須永の母と話し込む

 須永は矢来の叔父の所へ行って留守だった。敬太郎はつい上がり込んで須永の母とおしゃべりする。母は「背の高い面長の下町風に品のある婦人であった」と書かれる。5回に続いて2回目の紹介である。母はよくしゃべる。とくに「愛息」市蔵(市蔵の名は8回で田口の口から始めて発せられた)の話題になると、嬉しくてどこまでもしゃべり続ける。まあふつうの母である。
 須永の母は背が高い。後日登場する弟(矢来の叔父)も背が高いと書かれる。もうひとりの妹はどうであろうか。

11回 高等遊民と言われるのは恥ずかしい

 須永の母の妹婿(田口)は実業家で世渡り上手であるが、実弟(矢来の叔父)の方は変人で困る。市蔵はこの矢来の叔父の方に親しみを感じているようである。
「血が繋がっているのだから当然」とここで思った読者は、後にフェアでないとか、あるいはなるほどと感じ入ったことであろう。

12回 田口要作には娘が二人ある

 田口の娘に須永との結婚話があるのか。敬太郎は須永の恋人ではないから、本来気にする話ではない。しかし敬太郎は須永の母との会話を通して、物語の進行役も務めなければならない。狂言回しだから、と読者は納得するが、この「進行」は、坊っちゃんが下宿の萩野の婆さんからマドンナ(と古賀)の噂話を聞き出す経緯と一致している。坊っちゃんはレッキとした主人公で狂言回しではないはず。しかし主人公に狂言回しの役も命ずるのが漱石である。

 話はそれるが、このときの坊っちゃんのセリフ、「おれは若い女も嫌ではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。大方清がすきだから、其魂が方々の御婆さんに乗り移るんだろう」(『坊っちゃん』7)は、よく漱石の趣味を表しており、これは、清・うらなりの母親・萩野の婆さんが、3人とも士族の家系であることに鑑みると、士族でもない素町人でもない坊っちゃんの、士族に対する留保付きの憧憬がよく理解される文章である。

13回 実業家にして成功者にして剽軽者の田口要作

 坊っちゃんはともかく、須永の家は士族であろうか。軍人として貨殖の途にも明らかと書かれているから、少なくとも徳川方の旧士族ではなかろう。須永の母によって語られる(という設定の)田口の滑稽譚を見ても、エピソード自体は士族ふうであるが、通常武家の婦人はこのようには(余計なことばかり)しゃべるまい。敬太郎の家もたぶん(坊っちゃん三四郎と同じく)士族でない。士族でないということは、漱石の成功の重要な要素のひとつであるかも知れない。
 士族であった秋声も荷風も、偉大な小説家ではあるが、国民的作家にはなり得なかった。

14回 他と繋がっていないという不安感・孤独感から来る苦しみ

 卒業前後の不安と孤独。自分だけ夢を見ているような、自らの身体がオブラートに包まれているような非現実感。敬太郎は神経症に罹ったのか。
 神経症が嵩じると宗教に進むしかない(と漱石は言う)。悩む敬太郎はそれでも宗教の手前で踏ん張る。敬太郎を救ったものは「女の話」である。あるいは好奇心である。須永の家の門で消えた女の影を、敬太郎はまだ引き摺っている。敬太郎はそれが馬鹿馬鹿しいと分かってはいるのだが。

15回 売卜者へかかるための3つの故事

 決断に至るまでの3つの、少し間の抜けた話。

①敬太郎が小学校のとき、方位九星に詳しい神経家の父親のある行動。
②同じく敬太郎の転落事故と祖母の見立て。
③ある友人の受験にまつわる逸話。

 本文を読むとユーモアというよりは、ふざけているような感じも抱かせる。前作『門』でも、甲州の織屋だの小六の幼時の振舞いだの安之助の起業話だのが、悲惨なメインストーリーに並行して語られていた。深刻一辺倒にならないところが漱石の特徴である。
 それにしても須永の父親と敬太郎の父親の描かれ方の格差は激しい。漱石の作品では主人公の「親友」について、そもそもなぜこの2人が親友たりえたか、首を傾げざるを得ないことの方が多いのであるが、敬太郎と須永の場合も同じ疑問は無くはない。でもまあ父親の話はここではこれ以上触れないでおこう。

 ところで3つのエピソードの内容は、①庭木に鍬を入れる方位とタイミングを計るのはいいが、肝心の自宅の時計が狂っていた。②土堤から転げ落ちたのに怪我もしなかったが、代りに石地蔵の首が落ちていた。③敬太郎の友人が御神籤のお陰で受験に合格したが、それを見た敬太郎もしばらく御神籤に凝った、という愚にもつかぬ話。
 その③は次のように書かれる。

 彼の友の某が、自分の脳力に悲観して、試験を受けようか学校を已めようかと思い煩っている頃、ある人が旅行の序に、善光寺如来の御神籤を頂いて第五十五の吉というのを郵便で送って呉れたら、其中に雲散じて月重ねて明らかなり、という句と、花発いて再び重栄という句があったので、物は試しだからまあ受けて見ようと云って、受けたら綺麗に及第した時、彼は興に乗って、方々の神社で手当り次第御神籤を頂き廻った事さえある。(『停留所』15回)

 引用文冒頭の「彼の友の某」。彼とは敬太郎であるから、「彼の友の某」とは当然敬太郎のある友人ということである。その友人が斯々然々で受験に合格した時、「彼は興に乗って」とあるが、構文的にはこの興に乗った彼とは、敬太郎のラッキーな友人のことであろう。ところが小説本文としては、この場合の興に乗った「彼」とは、敬太郎本人のことであった。
 漱石は敬太郎を主人公として『彼岸過迄』を書いており、「彼」というのはどこまでも敬太郎を指すのである。英文の専門家漱石は、自分の小説においては文章構造よりも「情意」を優先した。(文法以前に)意を用いて書く文章とは、日記とか手紙の類の文章であると考えるなら、漱石の小説はあくまで漱石の日記・手紙と同じ呼吸で書かれているといって差し支えない。それが漱石文学百年の命脈の秘訣のひとつであると言えば言われよう。