明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

漱石「最後の挨拶」三四郎篇 33

35.『三四郎』池の女(1)―― 初登場シーンの約束事

 

 さて『三四郎』に戻って、汽車の女の次は池の女である。その池の女の初登場シーン、第2章の第4回。

 

不図眼を上げると、左手の岡の上に女が二人立っている。女のすぐ下が池で、池の向こう側が高い崖の木立で、其後ろが派手な赤煉瓦のゴシック風の建築である。そうして落ちかかった日が、凡ての向こうから横に光を透してくる。女は此夕日に向いて立っていた。②三四郎のしゃがんでいる低い陰から見ると岡の上は大変明るい。③女の一人はまぼしいと見えて、団扇を額の所に翳している。顔はよく分らない。けれども着物の色、帯の色は鮮かに分った。白い足袋の色も眼についた。鼻緒の色はとにかく草履を穿いている事も分った。もう一人は真白である。是は団扇も何も持って居ない。只額に少し皺を寄せて、対岸(むこうぎし)から生い被さりそうに、高く池の面に枝を伸した古木の奥を眺めていた。団扇を持った女は少し前へ出ている。白い方は一足土堤の縁から退がっている。三四郎が見ると、二人の姿が筋違に見える。

 この時三四郎の受けた感じは只奇麗な色彩だと云う事であった。けれども田舎者だから、此色彩がどういう風に奇麗なのだか、④口にも云えず、筆にも書けない。ただ白い方が看護婦だと思った許りである。

 三四郎は又見惚れていた。すると白い方が動き出した。用事のある様な動き方ではなかった。自分の足が何時の間にか動いたという風であった。見ると団扇を持った女も何時の間にか又動いている。二人は申し合わせた様に用のない歩き方をして、坂を下りて来る三四郎は矢っ張り見ていた。

 坂の下に石橋がある。渡らなければ真直に理科大学の方へ出る。渡れば水際を伝って此方へ来る。二人は石橋を渡った。

 団扇はもう翳して居ない。左りの手に白い小さな花を持って、それを嗅ぎながら来る。嗅ぎながら、鼻の下に宛てがった花を見ながら、歩くので、眼は伏せている。それで三四郎から一間許の所へ来てひょいと留った。

「是は何でしょう」と云って、仰向いた。頭の上には大きな椎の木が、日の目の洩らない程厚い葉を茂らして、丸い形に、水際迄張り出していた。

「是は椎」と看護婦が云った。⑥丸で子供に物を教える様であった

「そう。実は生っていないの」と云いながら、仰向いた顔を元へ戻す、其拍子に三四郎を一目見た。⑦三四郎は慥かに女の黒眼の動く刹那を意識した。其時色彩の感じは悉く消えて、何とも云えぬ或物に出逢った。其或物は汽車の女に「あなたは度胸のない方ですね」と云われた時の感じと何所か似通っている。三四郎は恐ろしくなった。

 二人の女は三四郎の前を通り過ぎる。⑧若い方が今迄嗅いで居た白い花を三四郎の前へ落して行った三四郎は二人の後姿を凝っと見詰めて居た。看護婦は先へ行く。若い方が後から行く。華やかな色の中に、白い薄を染め抜いた帯が見える。頭にも真白な薔薇を一つ挿している。其薔薇が椎の木陰の下の、黒い髪の中で際立って光っていた。

 三四郎は茫然していた。やがて、小さな声で「矛盾だ」と云った。大学の空気とあの女が矛盾なのだか、あの色彩とあの眼付が矛盾なのだか、あの女を見て、汽車の女を思い出したのが矛盾なのだか、それとも未来に対する自分の方針が二途に矛盾しているのか、又は非常に嬉しいものに対して恐を抱く所が矛盾しているのか、――⑨この田舎出の青年には、凡て解らなかった。ただ何だか矛盾であった。(『三四郎』2ノ4回冒頭からほぼ全文)

 

 傍線を引いた9ヶ所について考えてみる。

 

不図眼を上げると、左手の岡の上に女が二人立っている

 

 漱石のある小説の書き出しの一行と言ってもおかしくない。非常に私的な、日本的な文章である。漱石らしさの典型ともいえる文章である。

 文の主語は三四郎である。述語は「見た・見えた」であろう。どちらも直接には書かれない。それどころかこの簡潔なセンテンスには、「驚き・興味・期待」といった三四郎もしくは述者の感情・感想さえ、その背後に隠されている。日本の口語文では所謂西洋的な「叙述」が出来ないという(明治以降さんざん言われた)主張の意味がお分かりだろう。

 

 いきなり「左手」と方角を指定されて、現代の読者は戸惑うかも知れないが、「丘の上に女が立っている」と叙述しているのではなくて、「三四郎が丘の上の女を見た」のである。であるからして、左というのは、叙述者が読者に画面(映像)の左サイドと指示しているのではなく、三四郎が自分の視界の左手の丘の上に女を見た、と叙述者は言っているのである。つまりこの場合は主人公が(夕日を避けて)東側を向いているとか北側に建物があるとかというような意味ではなく、ただ主人公の左手に丘があったのである。漱石に言わせると、左にあったから左と書いたんだ。ほかに書きようがあるか、ということだろう。

 

 左右はともかく、このような文章は、当時は何人もの書き手に影響を与えた。つまり真似された。私的な文章とは日記や手紙や手記のような文章のことである。私小説とは漱石の書くような小説のことかと、つい思ってしまう。

 

三四郎のしゃがんでいる低い陰から見ると

 

 三四郎は低い場所にいる。必然的に池の女は高い位置を占める。男は女を見上げている。このパターンは『明暗』で津田と清子の(小説の中での)初対面シーンに再現される。ほかにこのような例はない。1ヶ所だけ『三四郎』の末尾で、風邪で寝ている三四郎から、見舞いに来て枕元へ坐ったよし子を「見上げる」記述があるが、高低差は2、30センチに過ぎないので、漱石はとくに意味を持たせたわけではないようだ。

 この反対に女が下で男が上、男が女を見下ろす、あるいは女が男を見上げる、このパターンは多い。『三四郎』でも後章の運動会でこの「逆のシーン」が描かれる。その他、

 

・『猫』 川の中からの富子の呼び掛けに橋の上で寒月が反応する「吾妻橋寒月はーい返事事件」。

・『虞美人草』 甲野と宗近が旅館の二階から琴を弾く小夜子を見下ろす。

・『行人』 帰京の寝台列車では一郎と二郎が上段。お直と母が下段。一郎の下はお直が寝ている。つまり二郎はお直の寝姿を見下ろせるベッドに寝ている。

 

 また『文鳥』には漱石の恋愛体験に照らし合わせて(お節介にも)、昔からよく引かれるくだりがある。

 

 昔紫の帯上でいたずらをした女が、座敷で仕事をしていた時、裏二階から懐中鏡で女の顔へ春の光線を反射させて楽しんだ事がある。女は薄紅くなった頬を上げて、繊い手を額の前に翳しながら、不思議そうに瞬をした。(『文鳥』7)

 

 漱石に言わせれば、エッセイに何を書こうが放っといてくれ、ということかも知れないが、そうは行かないのが漱石読みの悲しい性である。この一瞬の経験から作品のある一行が生まれたのだとすれば。

 

女の一人はまぼしいと見えて、団扇を額の所に翳している

 

 これまた漱石お得意のポーズ。このポーズは物語の最後まで(「森の女」として)生き続ける。

 団扇こそ持たないが、上記引用文の『文鳥』の女も同じポーズを取る。『三四郎』でも美禰子は菊人形の日にも同じポーズをしている。

 

口にも云えず、筆にも書けない

 

 これは⑨も同じ。漱石は『三四郎』『それから』『門』のような三人称小説でも、時折文章の中に自ら降りてくるが(出しゃばって来るが)、これはその典型例。漱石は気紛れに割り込んでくるのではなく、この場合は美禰子の初登場という、やはり少し緊張すべき場面であるがゆえの降臨であろう。描写の対象物はもとより大したものではない。雰囲気重視の「御光臨」であろう。(この項つづく)