明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 25

281.『坊っちゃん』1日1回(3)――記念すべき最初の松山弁 第3章 教室 (全3回)(明治38年9月7日木曜~9月24日日曜)1回 まちっとゆるゆる遣っておくれんかなもし(9月7日木曜)(P270-13/愈学校へ出た。初めて教場へ這入って高い所へ乗った…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 24

280.『坊っちゃん』1日1回(2)――芋が剥き出しになっている 第2章 到着 (全3回)(明治38年9月4日月曜~9月5日火曜)1回 松山初日に清の夢を見た(9月4日月曜~9月5日火曜)(P261-6/ぶうと云って汽船がとまると、艀が岸を離れて、漕ぎ寄せ…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 23

279.『坊っちゃん』1日1回(1)――勘太郎ふたたび 恒例により『坊っちゃん』に目次を付けてみる。幸いにも『坊っちゃん』は11に章分けされている。これは『三四郎』13、『それから』17、『門』23に比べてどうか。1章あたりのページ数という観点か…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 22

278.『坊っちゃん』怒りの日々(5)――カレンダーは破綻するのか 漱石に日曜日という語の出て来ない小説は無いと言えるが、その例外の代表格たる『草枕』は、全体が課業休暇中(春休み)のような小説である。 ところが『坊っちゃん』でも、主人公が中学校教…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 21

277.『坊っちゃん』怒りの日々(4)――お金と数字のマジック 愛と生そして死。書出しの1字たる「親」。漱石文学のキーワードはこれだけにとどまらない。 金と女。漱石の小説は金と女の話であるといって過言でない。 この世に女について書かれない小説は無い…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 20

276.『坊っちゃん』怒りの日々(3)――書出しの1文字は「親」である 『坊っちゃん』の書出しの1文字は、厳密に言うと、どの本も章番号を表わす「一」であるが、漱石は「一」とは書いていない。章の番号を書き始めるのは「二」からである。『坊っちゃん』に…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 19

275.『坊っちゃん』怒りの日々(2)――怒りの裏側には「おれ」がいる その2つの詩的情景のうちの1つ目の、誰もが認めるターナー島の描写であるが、そのターナー島なるものを始めて世に紹介しようとするくだりからして、すでに美しい。 船頭はゆっくりゆっ…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 18

274.『坊っちゃん』怒りの日々(1)――怒りの裏側には滑稽と書いてある さて『坊っちゃん』の物語は「いたずら5連発」で始まっているが(2階飛降り・西洋ナイフ・勘太郎退治・茂作人参畠・古川の井戸)、その底に横たわっているものは「怒りの感情」である…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 17

273.『坊っちゃん』愛と生(4)――『論理哲学論考』を口笛で吹く ここで改めてヴィトゲンシュタイン『論理哲学論文』最後の5%部分の拙訳のみ掲げてみる。 原文は毎回掲げているが次の2冊による。Ludwig Wittgenstein ‘‘ TRACTATUS LOGICO – PHILOSOPHICUS…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 16

272.『坊っちゃん』愛と生(3)――『論理哲学論考』で語られる沈黙について 3回に分けて紹介する『論考』もこれで最後である。前項のスピノザについては正直言って理屈がよく判らない。論者はヴィトゲンシュタンがシェイクスピアを読んだ程度にも及ばないく…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 15

271.『坊っちゃん』愛と生(2)――『論理哲学論考』で語られる生について 『論考』の引用を続ける。Ludwig Wittgenstein ‘‘ TRACTATUS LOGICO – PHILOSOPHICUS ’’US Translated by Charles Kay Ogden ( Dover Publications, INC. , New York 1999 )UK Transl…

漱石「最後の挨拶」坊っちゃん篇 14

270.『坊っちゃん』愛と生(1)――『論理哲学論考』で語られる倫理について 『坊っちゃん』や『猫』の魅力は、語り口の面白さに加えて、変人漱石の達観した人生態度にあることに異論はあるまい。作者の人生観に惹かれるからこそ、広く長く読まれるのである。…