明石吟平の漱石ブログ

漱石文学がなぜ読まれ続けるのか。その謎解きに挑む。

2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 35

157.『須永の話』(13)――嫉妬の研究その驚きの研究発表 市蔵とお作の疑似恋愛事件は、千代子と高木のそれに似せて、あるいはそれに対抗するため、漱石が無理矢理拵えたものであろうが、それに対する須永の母の警戒心を、漱石は故意に書かなかった、という…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 34

156.『須永の話』(12)――須永の母はなぜ市蔵を一人で帰したか 以前本ブログ(漱石「最後の挨拶」)の三四郎篇にも引用した、前著(『明暗』に向かって)の中の記事「漱石作品最大の謎」を、ここで再び掲載することをお許し願いたい。『明暗』に向かって/…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 33

155.『須永の話』(11)――小間使い作 第5章 恋愛遊戯(全7回)25回 須永の小説 須永は東京へ帰る汽車の中で小説の続きを想像する。(小説の前半はこの2日間の須永の煩悶。) 其所には海があり、月があり、磯があった。若い男の影と若い女の影があった…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 32

154.『須永の話』(10)――ファルスが書かれることもある まだ『須永の話』さえ終わっていない段階での年表の話は、混乱の元となるかも知れないが、前項の最後で触れたように、最終話『松本の話』では物語のカレンダーについて、また独自の展開も予想される…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 31

153.『須永の話』(9)――松本3姉弟の年表(つづき) 田口夫妻が結婚した時、松本3姉弟の家の全員の配置は次のようになる。〇須永父(40)・須永母(30)・田口(29)・田口細君(26)・松本(24)・御仙(14)・市蔵(6)・妙(3) 御仙はまだ嫁いで来ていないが、田口夫…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 30

152.『須永の話』(8)――松本3姉弟の年表 また年表の話である。自分で書いて恐縮だが、年表や暦を作ろうと調べていて、漱石の記述に問題がなかったためしがない。『彼岸過迄』でも、(森本のキャリアに平仄の合わない所があるのは置いておくにしても、)敬…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 29

151.『須永の話』(7)――避暑地の出来事 14回 鎌倉まで~白い浴衣と白いタオル 『彼岸過迄』の最大の事件は、前項の年表でいうと、市蔵26歳、千代子20歳の明治43年夏、市蔵は大学4年へ向けての長期休暇に入った頃のことである。 市蔵は別荘に入る…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 28

150.『須永の話』(6)――市蔵のカレンダー とりあえず市蔵と敬太郎の今柴又にいるのが明治45年2月として、市蔵のカレンダーを作成してみよう。市蔵は後半の鎌倉事件のことを、「僕が大学の三年から四年に移る夏休みの出来事であった。」(『須永の話』1…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 27

149.『須永の話』(5)――事件はいつも病気の時に起きる 9回「妾貴方の描いて呉れた画をまだ持っててよ」 前の2回で田口の母と父にその気がない、と市蔵は判定した。市蔵は安心した(らしい)。それから2ヶ月間市蔵は田口家の門をくぐらなかった。ショッ…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 26

148.『須永の話』(4)――市蔵の出自と千代子の結婚予約の謎 さて気を取り直して考察に戻らなければならない。4回 慈母の情操教育 母は父を崇敬していた。それを須永に語るときは宗教的な高揚感さえ発揮された。須永には妙という妹がいたが、ジフテリアで早…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 25

147.『須永の話』(3)――不思議な校正者 3回 父と母の不思議な箴言 ①「市蔵、おれが死ぬと御母さんの厄介にならなくっちゃならないぞ。知ってるか」「今の様に腕白じゃ、御母さんも構って呉れないぞ。もう少し大人しくしないと」 漱石丸出しの言葉遣いでは…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 24

146.『須永の話』(2)――「寅さんの原景」 2回 葛飾柴又での長広舌 『雨の降る日』の語られた次の日曜日、敬太郎と須永は郊外へ遊びに出る。柴又、帝釈天、川甚とくれば、現代人は誰も寅さん映画を思い出さずにいられない。映画(演劇)は広い意味では文学…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 23

145.『須永の話』(1)――「神は自己だ」もしくは「論争してはいけない」 淡い美しさを湛える緩徐楽章を挟んで、作品はいよいよ佳境(第5話『須永の話』、第6話『松本の話』)に入る。『須永の話』第3回からは話法まで変わる。『彼岸過迄』という小説は後…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 22

144.『雨の降る日』(2)――事故のてんまつ 千代子によって語られる、宵子の悲しい事故は、漱石の筆でリライトされた。この章の主人公は(敬太郎でなく)千代子であるとも言えるが、『明暗』のお延ほどではない。千代子が敬太郎に語っているという設定は、す…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 21

143.『雨の降る日』(1)――第1回全文引用 第4話『雨の降る日』は初回から少しヘンである。カレンダーがずれているのである。その他にも何かあるかも知れない。とりあえず全文引用してみたい。 雨の降る日に面会を謝絶した松本の理由は、遂に①当人の口から…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 20

142. 誤りは匡すべきである――4つの改訂 再び前著(『明暗』に向かって)より、(Ⅰ)四つの改訂の中の、「8.お延自分でも事件」を引用したい。漱石作品自体の有つ錯誤についても、どうしても言っておきたいからである。一部三四郎のくだりは、本ブログ三四…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 19

141. 誤りは生き続けるだろう――錯誤の文学史 またまた寄り道ついでに、なぜこの所謂『つゆのあとさき』事件の錯誤が訂正されないか、それについて考えてみたい。 これはやはり著者の鏡子夫人と松岡譲の不人気が原因しているとしか思えない。不人気というのは…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 18

140.『雨の降る日』漱石最大の誤植――鏡子『思い出』と雛子の死 以前本ブログ(漱石「最後の挨拶」)の三四郎篇にも引用した、前著(『明暗』に向かって)の中の記事「漱石作品最大の誤植」を、ここで再び掲載することをお許し願いたい。 『明暗』に向かって…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 17

139.『報告』一日一回(2)――8回~14回 第2章 高等遊民(全4回) 8回 雨の降る日 敬太郎は本郷の下宿を出て、小石川の台地から江戸川橋へ下り、そこから矢来の坂を上る。 西片を背にして小石川の台地から牛込矢来への眺望は(美しい濠端を見ているの…

漱石「最後の挨拶」彼岸過迄篇 16

138.『報告』一日一回(1)――1回~7回 今回から章立ても併せて「一日一回」に含めることにする。 『報告』(全14回)第1章 敬太郎の口頭試問(全7回) 1回 非現実感に襲われる敬太郎 地位も定まらないのに、こんなことばかりしていては、敬太郎でな…